「ねーえっ」
女向けの服屋でぼーっと突っ立っていた俺は、彼女の声を聞いてはっと我に返った。
嫌な予感がする。
案の定、彼女は二着の服をそれぞれの手に持って、にこにこと俺の前に立っていた。
「こっちとこっち、どっちが好き?」
来たか……。
男が愚痴る「彼女とデートしていて面倒な瞬間ランキング(俺調べ)」堂々の第二位を飾るその質問。ちなみに一位は何を食べたいか聞いた時の「なんでもいい」だ。
こういうのはもう既に答えが決まっていて、俺の答えなんてただのフレーバーに過ぎないんだ。「どっちでもいい」って言うと怒るくせに、どちらかを指定すると「えぇー」とか言って渋い顔をされる。なら聞くなって言うんだ。
とはいえ、最近できたばかりの彼女のご機嫌を損ねたくない俺は、適当に片方を指差して微笑んだ。
「こっちかな」
「うん、わかった! じゃあお会計してくるね」
……え?
すんなりと頷いてレジに行こうとする彼女を、俺は信じられない気持ちで引き止める。
いやいや、駄目だろ。そんなあっさり決めちゃ駄目だろ。俺がこっちが良いって言ったから? そうじゃないよな、たまたま俺が彼女の好きな方を選んじゃっただけだよな。
これは、俺が想定していたのとは別の意味で面倒、というより厄介な質問だった。
彼女の真意を確かめるため、俺は慌ててもう片方のハンガーを引っ掴む。
「ごめんやっぱ俺こっちが好きかな」
「そう? じゃあこっちにするね」
「いや駄目だろ!!」
最初に選んだ方をハンガーラックに戻した彼女に、俺は思わず真顔でそう突っ込んだ。
俺が好きだって言った方を選ぶなんて、そんな真似しちゃ駄目だろ。
俺の選んだ服着て街を歩くなんて、そんな可愛すぎることしちゃ駄目だろ。
服だけじゃなく、そのうち下着まで俺の好みに合わせるようになるんじゃないか? 食事の好みや寝る時間やら何から何まで全て、彼女という一人の人間がどんどん俺で埋まっていくんじゃないか? そんなのめちゃくちゃ興奮する、いや大丈夫じゃないに決まってる。
不思議そうに首を傾げている彼女に、俺はそのほっそい両肩を掴んで項垂れた。
「……頼むから、自分で決めて……」
「? うん、わかった」
ちょっと悩んでから最初に選んだ方をレジに持って行く彼女の後ろ姿を見て、俺は本当にわかっているのだろうかと不安になった。
この恋愛は、思ったより心的負荷が強すぎる。