午後2時の駅前。待ち合わせ場所に現れた彼女を見て、俺ははっと目を見開いた。
「その服可愛い」
「ほんと? ありがとー」
デートにおいて彼女の服を褒めるというのは鉄則中の鉄則だが、別に俺はご機嫌取りのために褒めたわけではない。
可愛かったのだ。本当に。
俺の好みをバッチリ押さえた、逆になぜ知っているのか問い詰めたくなるほど狙い澄ましたその格好に、俺は感動するより先に心の底から驚いた。
「どこで買ったの? っていうかそんな服持ってたっけ」
「この前セールで買ったの。たまに買ってるところなんだけど」
彼女が服のブランド名を口にする。聞いておいてなんだが、一瞬で忘れてしまう感じのブランド名だった。彼女のあまりの可愛さに意識の半分以上を持っていかれているせいもある。
「大変可愛いと思います」となぜか敬語で俺が言うと、彼女はえっへんと胸を張った。
「可愛いでしょ? 裏道くんの好みはばっちり把握してるんだから」
「え、なんで? 俺そういうの好きって言ったっけ」
「会った時の反応見てれば大体わかるよー」
AIか何かか?
確かに「俺が好きな系統の服」と「普通に可愛いと思う服」で若干反応は異なるかもしれないが、その微妙な違いを読み取って学習するとは、もはや人工知能以上に賢いんじゃないか。
ふと、俺はもうずいぶん彼女と服を買いに行っていないことを思い出した。ずいぶん、どころか、付き合いたての頃に1回行ったきりだ。
俺がそのことを何気なく指摘すると、彼女は不思議そうな顔をした。
「え、うん。裏道くんって、ショッピング嫌いなんじゃないの?」
まさに青天の霹靂。全く予想していなかった答えに、今度は俺が驚く番だった。
「いや、全然そんなことないけど」
「そうなの? でも前は『頼むから自分で決めて』って言ってたよね」
「あー……」
そういえば、言った気がする。その時は彼女が俺の選んだ服を躊躇なく買おうとしたので、あまりの素直さに恐怖して言ったのだ。確かに、買い物が嫌いなんだと思われても仕方ない発言だった。
だが、それは誤解というものだ。彼女に対する免疫ができた今では、俺のために服を選ぶ彼女を穴の開くまで見つめていたいとすら思える。
俺は彼女の手を握った。
「次からは絶対誘って」
「いいの?」
「うん」
俺についての勘違いは直ちに修正しないと。彼女が俺のことを正しく知ってくれるように。
手を握られた彼女は、照れ臭そうに微笑んだ。
「じゃあ、今から行っても良い? このブランドの服、もっと見たいから」
「良いよ、行こう」
ああ、愛されてるな、俺。
頬が溶けそうになるほどの幸福を噛み締めながら、俺は彼女と並んで歩き始めた。