油断は禁物

 「エール様、危ない!」
 
 部下のその一言でエール・モフスは我に返った。ぼやけていた世界が、急激に輪郭を取り戻していくのを感じる。
 背後で影が動いている。今回の敵、つまり魔物将軍だ。
 戦闘中だというのにぼーっとしていたエールの後頭部をかち割ろうと、魔物将軍がメイスを振りかぶっている。並の剣士なら死神の姿を見ていただろうが、あいにくエールはこんなところで死んでやるほど弱くはなかった。
 
 「はぁッ!!」
 
 敵が武器を振り下ろすより先に相手の懐に潜り込み、愛用のレイピアを腹に突き刺す。中にいる女性を傷つけない程度の深さで、素早く腹を捌くように刃を横に引く。剣の軌跡から魔力の白い光が放たれた。
 その次の瞬間だった。
 何かが魔物将軍の腹から吹き出してくるのを感じ、エールはぎゅっと目を瞑った。
 
 「……っ!」
 
 全身を生ぬるくてねっとりとした“何か”が飲み込む。その勢いは激しく、閉じ切れなかった唇を割って口の中にまで侵入してきた。苦味と甘味の混ざった奇妙な味に、脳が警告を発している。
 逃げようにも身動き一つ取ることができず、やっと収まった頃には、エールの全身はその粘液質の液体でしとどに濡れていた。
 
 「エール様、大丈夫ですか!?」
 
 魔物将軍に剣を突き立てていた体制のまま棒立ちになっているエールに、部下が駆け寄って来た。エールは口の中に残っていた粘液を吐き捨てると、両手で顔を拭った。
 
 「うん、平気」
 
 足元には魔物将軍の残骸と、その体内に閉じ込められていた女性が横たわっている。今しがた頭から被ったのは魔物将軍の腹に溜まっていた液体だったのだ、とエールは今更ながらに理解した。今まで粘液を間近に浴びるほど近距離で戦ったことがなかったのでわからなかった。
 エールは女性を保護するよう部下に指示すると、城への帰路についた。簡単な魔法をかけて体についていた粘液は消し飛ばしたが、どうにもあの纏わりつくような感覚がまだ皮膚に残っている。早く帰って風呂に入りたかった。
 
 
 
 魔王を倒した後も、こうして時々魔物や鬼、妖怪達による蜂起が発生する。それを収めるのは各地にいる武将や、山本乱義の右腕として織田城に控えるエール・モフスの役目だった。織田城から遠ければ各地の武将が鎮圧してくれるが、今回は織田城近辺に出没したのと、魔物将軍という強敵だったこともあってエールが討伐に行くことになっていた。
 城に帰るとすぐ、今回の戦について評定が開かれるとの連絡があった。エールは手早く身なりを整えると、広間へ続く廊下を進んだ。先に風呂に入りたかったが、こればかりは仕方ない。
 角を曲がった時、エールは自分の体がやけに回転していることに気が付いた。
 いや、回転しているのではない。
 これは、そう、眩暈を起こしているのだ。
 
 「う……」
 
 眩暈だけではなかった。先ほどからなんとなく息苦しいし、体の奥が熱いような気がする。
 思わず壁に手をついたエールを、後から追いついた部下が心配そうに伺っていた。
 
 「エール様、やはりご気分が優れないのでは……」
 
 確かに気分は優れない。だが、これ以上部下に心配をかけるわけにはいかないし、評定を欠席するのも体裁が悪い。
 エールはなんとか笑みを顔に貼り付けると、首を横に振った。
 
 「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
  
 実際にそう声に出してみると、この不調も本当にただの疲れのような気がしてきた。少なくとも評定の間は耐えられるだろう。エールは足早に広間へ向かい、その襖を開けた。
 既に広間へと集まって世間話をしていた武将達は、エールの姿を見ると俄かにざわめきたった。
 
 「おお、エール様だ」
 「魔物将軍と戦って傷一つ負っていないとは、流石ですな」
 
 口々に囁かれる賞賛の言葉に、エールは軽く会釈を返すと指定の席に座った。
 JAPANに来た当初は、エールが異国の出自でありながら国主である乱義の重臣に取り立てられたことについて渋い顔をする者も多かった。乱義の妹だから贔屓されたのだと邪推する声もあった。そんな彼らを言葉でなく態度で説得するために、エールは人一倍働いた。政は苦手だったが、それ以外なら魔物の討伐や怪我人の治療、果ては死国の調査などなんでもやった。その甲斐あってか、今では織田城にいるほとんどの人間がエールを純粋に慕っていた。
 自分の為だけであれば、エールはそこまで頑張らなかった。だが、エールが嫌われると困る人間がいる。
 エールはその“彼”の為に頑張っていた。
 
 
 
 「「「殿の、おなーりーー!」」」
 
 評定が始まった。3Gの声で入ってきたその人を見る前に、エールは深々と頭を下げる。初めてここに来た時は何をするにも一呼吸遅れていたが、今やもうすっかり慣れてしまった。
 静まり返った大広間に、乱義の衣擦れの音だけが響く。それはごく小さな音であるのに、何よりも重量感を持って聞こえた。
 
 「みな、面をあげてくれ」
 
 真っ直ぐ響き渡るような乱義の声に、エールは顔を上げた。目の前に、JAPANの国主の顔をした乱義が座っている。
 その顔を見た途端、エールはどくん、と心臓が跳ねるのを感じた。
 
 「っ……」
 
 血液が煮立ち、指の先まで駆け抜けていくようなその感覚に、エールは思わず顔を顰める。
 苦しい。
 それ以上に、体が燃えたぎるように熱かった。
 先ほど廊下で眩暈を覚えた時とは比べ物にならないほどだ。心臓がどきどきと強く脈打って、唇から熱い息が漏れ出す。全身の皮膚がむずむずして、衣服の擦れる些細な刺激にさえ鳥肌が立つ。
 エールはこの感覚に覚えがあった。
 
 (これは、あの時の……)
 
 それは魔王討伐の旅に出ていた時、つまり二回目に翔竜山に登り、魔人リズナのフェロモンを受けた時のことだ。あの時のように気絶してしまうほど強力ではないが、今のエールを襲っているものは確かに同じ類のものだった。エールの首筋に玉の汗が浮かぶ。
 
 (でも、どうして)
 
 修行してからは、魔人リズナの最大出力のフェロモンすらも効かなくなっていたはずだった。それに、先程魔物将軍と戦っていた時も、当然ではあるがそこにリズナはいなかった。では、なぜこんなことになっているのか。
 心当たりはないでもなかった。魔物将軍の体液を浴びてしまったことだ。
 あの体液には何か特別な効果があったのかもしれない。フェロモンに類似した作用を持つ何かが。そうエールが考えている間に、乱義が話し始めた。
 
 「先ほど出没した魔物将軍による反乱はエール・モフスによって鎮圧された。エール、報告を頼む」
 「……は」
 
 自分の名が呼ばれて、エールの意識は評定の間に戻った。皆の視線が向いているのを感じる。
 エールはからからになった口を開いた。
 
 「ま……魔物将軍とその部下の魔物50体は全て討伐致しました」
 
 ——ねぇ、フェロモンを浴びるとどうなるの。
 旅の最中、エールは志津香に聞いたことがあった。魔人リズナに倒されてからしばらく経った頃のことだ。聞かれた志津香は答えにくそうにしながらも、エールの真摯な問いにあくまで真面目に説明してくれた。
 
 「我々の小隊に犠牲者は出ていません」
 
 ——その……理性が飛んで、どうしてもえっちな気分になってしまうのよ。子孫を残すために。
 そう聞いた時はよくわからなかったが、今ならわかる。エールの耳元で、煩いくらいに本能が泣き喚いている。
 
 乱義に抱かれたい、と。
 
 (だめ……)
 
 エールの背中を、つぅ、と汗が伝った。
 一度快楽を知ってしまった体は、その欲求により忠実に動いているようだった。昼間の、しかも評定の最中だというのに、乱義に組み敷かれ甘い声を上げている時のことを思い出してしまう。重なった肌の温度を、宵闇に響く荒い息遣いの音を思い出してしまう。どうしようもなく下腹が疼くのを感じる。
 いつの間にか言葉を途切れさせていた自分に気が付き、エールは息を吸い込むと、努めて冷静に言い切った。
 
 「……魔物のうち一体を尋問したところ、ある妖怪の手引きでここまで来たとのこと。その妖怪も既に討伐しております。魔物将軍内に捕らえられていた女は保護し、身元が確認され次第適切な場所へ帰す所存です」
 「そうか。本当にご苦労だった」
 
 報告を終えて内心ほっと息をついていたエールに、乱義は満足げな様子でそう言った。そのなんてことのない、既に飽きるほど繰り返されているやり取りでさえも、ただ乱義の意識がこちらに向いているというだけでエールの熱をひどく煽った。体中の力が抜けそうになるのを、どうにか気力で持ちこたえる。
 ここが評定の場で良かった。もし密室で乱義と二人きりになっていたら、自分が何をしでかしてしまうのか自分でもわからなかった。
 乱義はそんなエールの様子に気づいているのかいないのか、こちらを一瞬探るように見つめたかと思うと、何事もなかったかのようにまた全体に視線を走らせた。それから乱義が一言二言喋り、評定が終わった。
 
 (や、やっと終わった……熱い……)
 
 これほど「解散」の声を待ち遠しく思ったのは初めてだった。開放感からか、疲れからか、評定が終わった途端にエールの体は鉛のように重くなる。広間がどんどん賑やかさを取り戻していく中で、エールだけは立ち上がれないでいた。
 
 (お風呂……入らなきゃ)
 
 そうわかっているのに、体が重い。お腹がきゅうきゅう疼いて、力が入らない。
 未だ広間にへたり込んでいるエールの視界に、ふと、緑色の着物が映り込んだ。
 
 「エール」
 
 名前を呼ばれ、背中がびくり、と震える。
 それは今エールが最も会いたくて、最も会いたくない人物だった。
 エールは俯いたまま、その名を呼んだ。
 
 「乱義……」
 「どうかしたのか」
 
 主君ではなく兄としての顔を浮かべた乱義が、エールの目の前にしゃがみこんだ。ふわり、と漂った乱義の匂いに、ギリギリのところでどうにか踏ん張っていたエールの理性がぶち抜かれる音がした。
 
 (もう、だめ)
 
 体が熱くて熱くて、どうにかなってしまいそうだった。
 
 「立てるかい?」
 
 項垂れたエールに乱義が手を差し伸べる。エールが力無く首を横に振ると、乱義がさらに近くに寄った。
 膝裏に腕を回される。体がぐっと引き寄せられ、視界が緑色に染まる。
 乱義に抱き上げられたのだと、そう気付いた時にはエールの忍耐の緒が切れていた。はぁ、と息を吐き出す。自分でも驚くほどに艶っぽい溜息だった。
 
 「熱いよ、乱義……」
 「ん」
 
 甘えるようにそう言うと、わかってる、とでも言いたげな短い返事が返ってくる。
 乱義の苦笑混じりの声が聞こえてきた。
 
 「手のかかる妹だ」
 
 そんなことない、とは言えなかった。
 
 
 
 
 
 連れてこられたのはエールの自室だった。乱義はまず畳の上にエールを降ろして、てきぱきと布団を敷くとその上にエールを座らせた。
 
 「一体何があったんだい? エール」
 
 口調こそ優しいが、そこには有無を言わさぬ迫力があり、エールは大人しく先ほどの戦闘であったことを白状した。
 戦闘中油断して、敵の接近を許したこと。
 怪我は負わなかったが、魔物将軍の体液を大量に浴びてしまったこと。それ以降、体の様子がおかしいこと。
 それらを話すと、乱義は納得したように頷いた。
 
 「なるほど……魔物将軍の体液には催淫作用があるというからね。それでこんな顔をしていたわけか」
 「……っ!」
 
 乱義の親指が頰を滑る。たったそれだけで、エールの全身をぞくぞくと身震いするような快感が走った。
 離れていく指を思わず目で追うと、くすりと妖艶な笑みを浮かべる乱義と目が合った。

 「でも、評定の場には他の男もいただろう。こんなふやけた顔を晒していたなんて、感心しないな」
 「んぐっ!」
 
 薄く開いた唇を割って、乱義の指が入ってくる。驚きに目を見開いたエールに、乱義はさらに指をもう一本入れた。
 唾液を絡ませるように人差し指と中指がばらばらに動き、エールの熱く蕩けた舌を弄ぶ。かと思うと、二本の指が揃ってエールの舌を前後に擦り始めた。
 
 「ぅあ、あ……!」
 
 エールの背中がびくびくと跳ねた。
 魔物将軍の体液の効果か、今や舌は立派な性感帯の一つと化していた。そこを指で掃除するかのように擦られ、エールの視界を火花が散る。時折舌の奥に指が触れ、その度に軽い嘔吐感が込み上げる。苦しいはずのその刺激でさえも、今のエールには快楽にしかならなかった。
 次第にぐちゅぐちゅと唾液が泡立つ音がし始める。それを聞いて、エールの頰にさっと赤みが差した。
 
 (こんな、こんなの、まるで……)
 
 それはまるで性器どうしが擦り合わさるような音だった。羞恥に堪え兼ねて目を閉じると、その想像は余計にリアリティを増していく。
 エールの中を、乱義の太く長いものが蹂躙している。エールのずっと待ち望んでいるものが。
 そう考えただけで、エールの全身はふるり、と小さく震えた。小さな震えではあったが、それが大きな絶頂の前触れであることをエールは知っていた。
 
 (あ、うそ、ボク、まさか……!)
 
 口に指を入れられる、たったそれだけの行為がエールを確実に絶頂へと追い詰めていた。
 いや、それだけではない。
 もしこの指が、違うものだったとしたら、違う場所に入れられていたとしたら。
 脳がその答えを導き出した瞬間、エールは下半身にひときわ強い痺れが走るのを感じた。

 「ん、ふ、ああぁぁぁああっ……!」

 腰が独りでにガクガクと震え出す。頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。
 本当にイってしまった。
 催淫作用のせいなのか、一度訪れた絶頂の波は中々引こうとはしなかった。口内から指が引き抜かれると、エールは荒い息のまま布団に倒れ込んだ。
 
 「はぁ、は、ぁ、あつ……」

 一度達したというのに、火照った体は鎮まるどころかむしろ熱を孕んでいく一方だった。体の中から焦がされそうな熱さに、思わず布団の上で身をよじる。
 それを見ていた乱義は、唾液の付いた指を舌で舐めると、エールの上に跨った。
 
 「エール」
 「んっ……」
 
 服に手をかけられたかと思うと、あっという間に生まれたままの姿にされてしまう。触れてもいない秘所は既にベタベタで、乱義が軽く脚を開かせただけで小さな水音が鳴った。しゅる、と帯を解く音がして、乱義が着物の前を寛げる。
 待ち望んでいた快楽が目の前まで迫っていることに、思わずエールはごくりと唾を飲んだ。期待に浮かされた目で乱義を見上げると、薄く曲げられた乱義の瞳と目があった。
 
 「どうされたいんだい?」
 「うぅ……」
 
 乱義が何を言わせたいのかを悟り、エールの頰が羞恥で赤くなる。
 だが、もうこれ以上は我慢の限界だった。
 エールは自分の両手を内股に置くと、指で秘所を押し広げるように開いた。
 
 「乱義のが……ほしい」
 
 そう言うと、乱義はにっこりと上品とさえ言える笑みを浮かべた。
 
 「よくできました」
 
 ずん、と。
 エールの飢えが、たった一息で満たされた。
 
 「っ、〜〜〜〜!!!」
 
 突然与えられた最大容量の快楽に、エールの視界は一瞬真っ白く染まった。視界だけではない、触覚以外の五感が消し飛んでいる。その残った触覚でさえ、膣に与えられた感触以外は脳が処理を放棄していた。
 
 (ひっ、あ、あう、ふといぃい)
 
 催淫作用でほぐれ切った体を、乱義の剛直が貫く。それはまさしく快感の暴力と言っていいほどの刺激だった。
 腹筋が攣縮していて、声すら出ない。息も吸えない。エールは陸に打ち上げられた魚のように、口をぱくぱくとさせることしかできなかった。
 本能的に逃げようとしたエールの腰を掴み、乱義がうっとりと笑う。それはまさに獲物をいたぶって遊ぶ捕食者の目だった。
 
 「ふふ、もう達してしまったのかい?」
 「は、うぅう……っ!」
 
 乱義が腰を引く。中に入っていた剛直がずるずると抜け出ていく感覚に、かえってエールの体は強張った。
 もしこのまま強く打ち付けられたら、本当に壊れてしまう。
 そう思ったエールは、涙をいっぱいに溜めた目で乱義を見上げた。
 
 「あ、おねが、乱義、やさしく……!」
 「優しく、ね。わかった」
 
 その言葉に、エールがほっと安心したのも束の間。
 ——再び、剛直が勢い良く突き立てられた。
 
 「っ、あぁぁあああ!!」
 
 恥も外聞もなく、エールの口から獣のような叫び声が上がった。全身ががくがくと震える。尿道から何かが噴き出る感触がしたが、それに構っている余裕は今のエールにはなかった。
 
 (な、なんで、やさしくって、いったのに)
 
 思わず非難がましい目で乱義を見上げると、彼はうっすらと頰を上気させながらも、あくまで平然とした顔を浮かべていた。
 
 「優しくしてるよ? エールの体を早くなんとかしてあげることこそが優しさだろう?」
 「ちが、あぁっ!」
 
 違う、と、そう言おうとしたエールの言葉は、乳首をきゅう、と摘まれ、呆気なく嬌声に取って代わる。そのまま乳房を捏ねられ、エールはとてもまともに話せる状態ではなくなった。控えめなサイズのエールの胸は乱義の手にすっぽりと収まってしまう。余った指先で乳の輪郭をなぞるように撫でられ、くすぐったさと気持ち良さの両方にエールは身悶えした。
 快感に震えるエールを置き去りに、乱義が何か喋っている。その間もとんとんと小刻みに腰を動かされ、エールの目がとろんと垂れ下がった。気持ち良い、気持ち良い、気持ち良い。それ以外には何も考えられない。
 
 「口答えしない。そもそも戦闘中に油断したエールが悪いんだろう。毒でも浴びていたらどうするつもりだったんだ」
 「ん、あう、はぁあ……!」
 「こら、聞いているのか?」
 「ぁあんっ!」
 
 親指でクリトリスを押し潰され、エールの背中がびくっと一際強く震えた。“気持ち良い”が、一層強くなる。
 実際にエールが浴びていたのが毒だったとしたら、ヒーリングで解除できたのでこんな事態には至っていなかっただろう。だが、今のエールには乱義に反論することはおろか、彼の話している内容を理解することすらできなかった。何を尋ねられているかもわからぬまま、エールはがくがくと頷いた。それが悪手だとも知らずに。
 
 「わかってる、わかってるからぁ……!」
 「全然わかってないじゃないか」
 「ひっ、うぅうううっ!!」
 
 お仕置きと称するかのように、そのままクリトリスがごりごりと捏ね回される。中を擦られるよりもっとダイレクトで暴力的な快感に、エールの膣内がきゅうきゅうと不規則に収縮した。イったのだ、と理解することすらできず、高すぎる絶頂の波にただ飲み込まれていく。
 もはやエールの体は彼女の物ではなかった。
 波が引き、はふはふと呼吸を整えているエールに、もう一度乱義が話しかけた。
 
 「さっき僕がなんと言ったかわかるかい?」
 
 エールは数秒ほど考える間を置いた。考えると言っても、達したばかりの今の状態ではまともに頭が働いていない。妙な幸福感が全身を包んでいる。
 やがて、エールはぽやんと気の緩んだ笑みを浮かべた。
 
 「ボクのこと、好きって言った……?」
 「…………」
 
 俯いた乱義からは何も返事が返ってこなかった。あれ、とエールは内心で首を傾げる。乱義がエールのことを好いているのはエールも重々知っているので、特に間違ったことは言っていないはずだ。なのに、乱義は眉間にがっつり皺を寄せて深い溜息をつく。気のせいか、彼の周りの空気が怒りの炎で歪んで見えさえした。
 乱義は何も言葉を発しないまま、エールの脚を高く持ち上げた。
 
 「乱義?」
 「……そうだよ」
 「え? あ」
 
 腰までぐっと上げられ、まるで赤子がおむつを替えられるような、秘部をさらけ出す格好にさせられる。エールの目にも結合部が丸見えになり、自分の陰裂が乱義の剛直を飲み込んでいる姿が露わになった。流石にこれは恥ずかしいと、顔を赤らめて目を逸らしたエールの頰に、熱い吐息が降りかかる。
 見上げると、乱義も余裕のなさそうな顔をしていた。
 
 「好きだから、心配しているんだ……っ!」
 「っ、ひやあぁっ!!」
 
 どちゅん、とまるで音がなりそうなくらいに強く腰を沈められる。子宮口まで達するその刺激に、エールの秘所はまたしても少量の潮を吹いた。そのまま抽送を続けられ、快感で頭がぐちゃぐちゃになる。エールはとうとう一切の思考を放棄した。
 
 (きもちいい、きもちいいよお)
 
 乱義が腰を動かす度に、べちべちと濡れた肌がぶつかる湿った音がする。結合部からはひっきりなしに潮と愛液の混ざった透明な液体が溢れ、尻を伝って敷布にまで染みている。断続的に痙攣して力が入らない脚が、衝撃でふらふらと揺れていた。
 
 「全くエールは、本当に手間がかかるんだから」
 「んっ、ああっ! あうっ! まっ、らん、ぎ!」
 「魔物将軍と戦って、やっと帰ってきたと思ったら熱でふらふらになったような顔をして……本当に心配したんだぞ。わかっているのか?」
 
 顎をくい、と持ち上げられ、乱義と目が合う。いや、合っているのだろうが、自分の目の焦点が合わないせいで朧げにしか見えなかった。実際の乱義はそれなりに怒った顔をしているにも関わらず、今のエールには乱義も快楽に耐えているようにしか見えない。
 自分がこんなに気持ち良いのだから、きっと乱義も気持ち良いのだろう。
 エールはとろんと蕩けた笑みを浮かべると、乱義の首に腕を回した。
 
 「はっ、らんぎ、すきぃ……! いっぱい、すき!」
 
 そう言って頭を抱き寄せると、胸の奥が暖かく満たされた気持ちになる。乱義が息を詰める声がした。
 
 「っ、本当に、エールは……」
 「ふあぁあっ!」
 
 そのまま、がつがつと貪るように体を揺さぶられる。お互いの体が密着しているせいで、動く度に肌が擦れる。乱義の厚い胸板にエールの乳房の先端が擦れて、あまりの快楽に意識が焼け焦げてしまいそうだった。目の端から生理的な涙がこぼれ落ちたのを、乱義の唇が掬う。
 あれほど飢えていた体と心が満たされていくのを感じ、それでもなお、エールは全身で乱義にしがみついた。
 
 「すき、すきぃ、らんぎ、あんっ、はうぅっ!」
 「くっ……こら、エール、あまり締め付けるな」
 「やだぁ、いっしょが、いい、いっしょに、っ……!」
 
 一緒にイきたい。うわ言のようにそう繰り返すエールに応えるように、乱義が腰を振る速度をあげる。だんだんと彼の息遣いが荒くなっているのを感じ、エールの唇が歓喜に緩んだ。
 
 「ああっ、きて、らんぎ、なかに……!」
 「っ……出すぞ、エール……!」
 
 まさに種付けをするかのように、乱義がぐっとエールに体重をかける。エールも乱義の腰に脚を絡め、自分から最奥へと誘導した。
 どくん、と中のモノが脈打つ。乱義の先端がエールの子宮口にめり込み、その奥に熱いものが注がれる。
 それを、エールは全身を震わせて感じ取っていた。
 
 「ふあぁぁあああっ……!」
 
 多幸感と快感に、エールの視界が白く塗り潰された。
 
 
 
 
 
 催淫効果が抜けて満たされきったエールは、行為が終わるとすぐにスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。その肌を軽く拭き、布団をかけてやりながら、乱義はエールの寝顔を見つめていた。まだあどけなさの残る顔に、汗で髪が張り付いている。それを手でそっとかき分けてやると、エールの口がむにゅむにゅと動いた。
 
 「んん……もうたべられないよ……」
 
 性欲、睡眠欲ときたら、次は食欲か。平和的なエールの思考回路が手に取るようにわかり、乱義は思わず笑みを零す。しかしその笑みはすぐに陰の中へ消えた。
 帳を下ろした部屋は、夕方だというのにもう夜のような闇に包まれていた。隙間から射す濃い橙色の光が、眠っているエールの白い肌を塗り込める。
 乱義の呟きがぽつりと落ちた。

 「外に出せばそれだけ危険も増える、ということか……」
 
 エールがJAPANの武将として、そして乱義の嫁として生きていくのにあたって、他の武将からの評判は大事なものとなる。そう思い彼女が乱義の側近となってから様々な任務に行かせてきた。あの父の血を受け継ぐだけあって今までは怪我一つ追うこと無く帰ってきたが、今日のように危険な目に合うことも考えられる。もしかしたら乱義の手を離れてしまうこともありえるかもしれない。
 せっかくエールがふらりとどこかへ消えてしまわないようにJAPANへ連れてきたというのに、任務で彼女を失ってしまっては意味がない。
 そうなるくらいなら、いっそ——
 
 「……ふっ」
 
 自嘲的な笑みを浮かべ、乱義は目を閉じた。そんなことは人道的に許されないとはわかっているのに、酷く甘美な選択に思えてしまう自分が滑稽だった。