年が明けた。親戚に挨拶回りへ行った両親をよそに、私は弟と一緒に近くの神社まで初詣に来ていた。
お賽銭を放り込むと、弟は一心不乱に手を合わせて神に祈っていた。
(姉ちゃんが斉木先輩とくっつきますように……俺のせいで恋が実らなかったなんてことになりませんように)
こいつ、あれだけ説明したのにまだ誤解してるのか……。
クリスマスの日、斉木くんに途中まで送ってもらったところを見られてからというもの、弟は私と斉木くんが恋愛的な仲なんだという誤解を抱くようになってしまった。年末の間ずっと説得を試みたものの、光輝は生ぬるい笑みを浮かべて「へぇへぇ」と小憎たらしい相槌を返すばかりだった。普段は賢良方正な弟であるが、この時ばかりは殺意が湧いたものだった。
ちなみに、弟は私が人の心を読めることを知っている。私が前の学校で苦労したことも知っており、今の学校で仲の良い人間ができたことを心の底から喜んでくれているのだ。それはわかる。
だが、私と斉木くんはあくまで友人なのであり、光輝が想像するような恋愛関係にはないのだ。当事者がそう言っているんだから、いい加減に理解してほしい。
そんなことを思っていると、参拝に来た人の群れが、にわかに騒がしくなった。
「うぉっ、なんだあの美少女! おっふ!」
「モデルか!? 何かの撮影なのか!?」
ああ、これは……。
参拝を終えた私達が見たものは、多くの人々に囲まれて天使の微笑みを浮かべる美少女だった。
普通なら、知り合いであってもとても近づけないと遠巻きに眺めるところだが、私の弟は違った。
「あ、あれって姉ちゃんの友達の照橋さんだよね? 挨拶に行こうよ、ほら!」
「え、あ」
この状況で近寄っていくのか、やるな、我が弟。
私はずいずいと進んでいく弟の後をついていった。
照橋さんは私を見つけるとにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべてくれたが、私の隣にいる人物を見た瞬間、なにかが爆発したような音を立てて顔を赤くしてしまった。
「えっ、うそ、光輝くん……!?」
「照橋先輩、あけましておめでとうございます。今年も姉のことをよろしくお願いします」
「そんな、わた、私こそ……!」
(ああ、どうしよう私のバカ! 光輝くんに会うってわかってたら振袖着てきたのに! メイクもしてきたのに! 心の準備ができてないよ……!)
慌てふためく照橋さんを見ていると、なんだかちょっと申し訳なくなってくる。
(初詣、照橋さんも誘ってあげればよかったかなぁ)
照橋さんは初めて私の弟と会った後、今まで見た中で一番真剣な顔で光輝のことを根掘り葉掘り聞いてきたのだ。どこの学校なのか、彼女はいるのか、好きな人はいるのか、云々かんぬん。
そこまで気になるのなら連絡先をあげようかと私が聞くと、照橋さんは恐ろしいことでも言われたかのように首を横に振った。
『そんなことしたらキモいと思われるでしょ!?』
そう叫んだ照橋さんは普段の美少女然とした姿からはかけ離れていて、でも私はそんな照橋さんのことが少し身近に感じられたのだ。
この腹黒女帝が将来の義妹になるかもしれないと思うと少々複雑だったが、彼女の真っ直ぐな気持ちを聞けば、少しは協力したくなるというのが人情というものである。
私は微笑みを浮かべた。
「照橋さん、よかったら屋台とか少し見ていかない? 弟もいるけど」
「えっ!? わ、私はいいけど、光輝くんはいいの……!?」
「俺も? いいけど、姉ちゃん達はそれでいいの?」
「うん。光輝がいた方が、男避けになるでしょ。ほら」
照橋さんを取り囲んでいた男達は、光輝の姿を見るなり「何かの撮影か」と納得してその場を去っていった。無理もない、とても町中にはいないレベルの美男美女が揃って会話しているのだ。私はさしずめマネージャーといったところか。
人混みの中、私が先頭を歩き、照橋さんと光輝の二人が後ろをついてくる形になる。照橋さんが他人とぶつかりそうになる度に、弟はさりげなく体を盾にして庇っていた。
「それにしても、すごい人ですね! こっちに引っ越してきてから初めての正月なんですけど、こんなに混むと思ってませんでしたよ」
「そ、そうね……この辺りで大きい神社はここだけだから、みんなここに集まっちゃうの。同級生にもよく会うよ」
「そうなんですか! 俺の学校は結構遠くから通ってる人多いんで、休みになるとほんと同級生と会わないんですよね〜」
おお、なんかいい感じじゃないか?
私抜きで会話が成立するのか不安だったが、弟はコミュニケーション強者だし、照橋さんも完全完璧美少女なだけあって、ほぼ初対面の弟相手にもスムーズに仲良くなれていた。
なんなら私、いなくてもいいかも。
そんなことを考えていると、前方に見慣れたショッキングピンクの髪色を見つけた。
「斉木く……」
「あっ斉木先輩!!」
私が声を掛ける前に、弟がいち早く反応した。かと思えば、目の色を変えて私の背中を押してくる。
「姉ちゃん、斉木先輩だよ! ほら、早く挨拶行ってきなよ!」
いつもならやかましいと一蹴しているところではあるが、これは見方によっては渡りに船とも言える。ここで私が斉木くんのところへ行けば、弟と照橋さんは自然と二人きりになるからだ。
そう思った私は、なるべくわざとらしくならない程度に申し訳無さそうな顔を作って照橋さんを振り返った。
「照橋さん、ごめん。私、斉木くんにご挨拶してこなきゃいけないから、悪いけど弟と一緒に先帰っててもらえる?」
「えっ!? あ、い、いいけど……その……」
「俺も? 確かに、照橋先輩みたいな人を一人で帰したらナンパとか大変そうだもんね。わかった。じゃあ行きましょうか、照橋先輩」
このときの照橋さんの顔と言ったら、それはもう絶対に学校では見られないような代物だった。
雑踏に消えていく二人を悪い笑顔で見送って、私は斉木くんの方へ歩き出した。
驚いたことに、神社にいたのは斉木くんだけではなく、燃堂くん、海藤くん、それに灰呂くんまでいた。さらに驚いたことに、私達は斉木くん宅でおせちをご馳走になることになってしまった。
「すみません、せっかくの家族団欒の時なのに……」
「遠慮しないで! うちにこんなに友達が来てくれるなんて、本当に嬉しいわ!」
そう言う斉木くんのお母さんは心の底から嬉しそうで、私まで暖かい気持ちにさせられる。
確かにみんなで炬燵を囲んでおせちやお鍋をつつくこの光景は相当にぎやかで、何かのパーティのようでもあった。
栗きんとんがうまいとはしゃぐ燃堂くん、それを注意する海藤くん、それに便乗してお米食べろという灰呂くん。私と斉木くんは炬燵の隅の方で黙々とおせちを食べながら、テレパシーで会話しあっている。
(そうか、光輝くんと照橋さんにそんなことが)
(そうなの。光輝の方は今のところ、綺麗な人だなっていう認識しかないみたいだけどね)
(手強いな)
そんなことを話していると、ふと斉木くんのお母さんが、会話の合間にしみじみとした口調で言った。
「みんな、くーちゃんと仲良くしてくれてありがとう〜」
「礼を言われることじゃありませんよ! 好きでいるんです!」
「うん、そうよね! ごめんなさい。ただ、嬉しくなっちゃって……」
その後に続く言葉に、私と斉木くんは揃ってフリーズした。
「くーちゃん超能力者だから昔っから友達少なかったの〜」
…………。
「ママ……それは言っちゃまずいんじゃ……」
「えっ!?」
まずい。大変にまずい。この沈黙が余計にまずさを加速させている。
なにか言わないとと思った私は、引きつった笑い声をあげていた。
「はっ……ははは! やだなーお母さん、そんな冗談言ったら斉木くんがいたたまれなくてかわいそうじゃないですかー!」
「あ、あひゅっ……や、やだー私ったら、ごめんなさい!」
「ははは……」
斉木くんがいたたまれなくなる事態にはなったが、とりあえずギリギリ怪しまれずに済んだ、と思う。
今のところ、燃堂くん、海藤くん、灰呂くんの三人に、超能力者というワードを怪しむような心の声はない。ただ斉木くんがいかに友達が少なかったのかを知って心の中で同情しているだけだ。
(ごめん、斉木くん)
(いや、グッジョブだ、多分な)
グッジョブと言うわりには、斉木くんの表情は明るくない。まぁ、明るい表情の斉木くんなんて甘いもの食べてる時くらいしかお目にかかれないけども。
それから元通りに会話が盛り上がり始めてからも、斉木くんの表情はどこか浮かないままだった。
* * * * * *
その日の夜。
僕は人知れず電柱の影に立ち、バールのようなものを握りしめていた。
(さて……やるか)
母さんが「超能力者」という単語を発した時から、僕は燃堂、海藤、灰呂の三人の記憶を消すことを決めていた。記憶を消すと言っても、その単語の部分だけを消すだけだから作業量としては大したことはない。
ただ問題は、それらを佐取さんに絶対に知られないように行わなければならないことだった。
佐取さんは、僕の超能力を理解してくれる数少ない人間の一人である。だが、彼女にはまだ伝えていない能力もいくつかある。
そのうちの一つが、今使おうとしている記憶消去。そしてもう一つがマインドコントロールだ。
考えてもみろ。「自分の記憶を消去したり、常識を変えたりすることができる。しかも自分はそれを絶対に認識できない」なんて力を持った人物が隣にいたら、恐怖しか感じないだろう。自分が見たと信じている記憶も、そいつによって操作されたものかもしれないのだ。そんな人間、僕なら絶対に信用できない。
そんな力を隠していながら彼女と交流するのは、欺瞞以外の何物でもない、と言われるかもしれない。でも、自分で言うのもなんだが、佐取さんは僕を頼りにしてくれているし、僕も彼女の存在に何度も助けられているのだ。
僕は彼女を失いたくない。
だから、この力の存在は絶対に知られてはいけない。この力さえ知られなければ、僕は彼女と友達でいられるのだ。
千里眼を使い、佐取さんが僕の半径50m以内から消失したことを確認する。
僕は燃堂の背後に立ち、バールのようなものを振りかぶった。
* * * * * *
冬休みが明けて、3学期が始まった。
お正月ぶりに会った照橋さんは、下駄箱で私を見つけると顔を赤くして近寄ってきた。私は弟じゃないぞ。
「こっ、この前は、その……か、感謝してなくもないわ! おかげで連絡先ももらえたし……」
「そうなの? 良かったね。光輝めちゃくちゃモテるから、連絡先もらえる女の子って珍しいんだよ」
「え、ほ、ほんと……!?」
完全完璧美少女、またの名を恐怖の腹黒女帝だったはずの照橋さんが、キャラを完全に崩壊させてただのツンデレもどきな女の子になっている。いつもこんな感じだったら可愛げがあるんだけどな。
照橋さんはでろでろに緩みきった顔をなんとかするためお手洗いに行ってしまった。その時、後ろから海藤くんの声が聞こえてきた。
「久しぶりだな、斉木!」
いつものことだが、斉木くんは海藤くんの挨拶を華麗にスルーしてしまう。そんなんじゃ本当に友達無くしちゃうよ。
と思っていると、海藤くんの心の声が聞こえてきた。
(そっか、まあ無理もないよな……まさか斉木が、中二病で友達がいなかったとはな……)
「え?」
思わず声が出てしまう。大きな独り言をもらした私を通りすがりの生徒が怪訝そうに眺めてくるが、そんなことはどうでもよかった。
いや、斉木くんは中二病じゃなくて、超能力者だから友達がいないって言われてたんだけど?
しかも、灰呂くんにも似たような現象が起きていたのだ。尤もこちらは「テニス部の部長だったけどうんたらかんたら……」というあまりにも長すぎてちゃんと聞くことさえ困難なものだったが。
不思議に思った私は、斉木くんに心の中で話しかけた。
(ねえ、海藤くんとか灰呂くんとか、お正月の時のこと違う風に覚えてない?)
(そうだな、記憶違いなんじゃないか。あの時は結構色々話してたからな、会話の内容がごちゃまぜになったんだろう)
(そっかぁ……)
結構大胆な記憶違いだなぁ。まぁ、斉木くんが超能力者だということをしっかり覚えられていても、それはそれで困るんだけど。
その時私のいる位置からは、斉木くんの顔を見ることはできなかった。