五章 水上神殿掃討戦

 惨劇の日を思い出し、自分の心の弱さを嘆くナギに、メタナイトは感情を御するよう諭した。より一層の鍛錬に励むナギの元へ、再び任務の報せが飛び込んでくる。
 
 
 
 
 大空の星スカイハイから戻って数日が経ったある日、メタナイト隊の一同は戦艦内の会議室へと集合していた。今回はメタナイトの部下だけでなく、ジェクラの部下達も集まっている。

 「アクアリスの水上神殿で、未発見のワープスターの反応が観測された。しかし同時に、付近への大型魔獣の侵攻も確認されている。我々の任務は魔獣を殲滅し、ワープスターを確保することだ」
 「本任務はメタナイト隊とジェクラ隊の合同任務になる。みんな、しっかり連携取れよ」

 メタナイトの言葉を継いで、ジェクラが一同を見渡した。おおっ、と闘気に満ちた掛け声があがる。

 水の星アクアリスはナギの生まれた星でもあるため、水上神殿の存在についてはナギもよく知っていた。そこにワープスターがあることまでは知らなかったが、神聖な気に満ちていて、平時であれば魔獣のような邪気に満ちた者は入れないようになっている。しかし、大戦が勃発した今、神殿にはもう邪気を払う力が残っていないのだろう。

 生まれ故郷であるシスイの村に続き、水上神殿まで魔獣に踏み荒らさせるわけにはいかない。
 ナギがスイレンを固く握りしめていると、ぽん、と頭に人の手が置かれた。

 「ナギ、そんなに怖い顔するなよ。せっかくの美人が台無しだ」
 「ジェクラさん……」

 気づくと既に兵士たちは解散していて、会議室に残っているのはナギとジェクラ、そしてメタナイトだけだった。
 ナギは慌てて立ち上がった。

 「すみません、考え事をしていました。急ぎます」
 「そう慌てなくていい、出航時間まではまだ時間がある。もう準備も済んでいるのだろう」
 「はい」

 メタナイトの言葉に短く頷いたナギを見て、ジェクラがくすくすと笑った。

 「生真面目だなぁ。お前達二人を見てると肩がこりそうだ」
 「真面目なんじゃない、職務を忠実に遂行しているだけだ。会議に遅刻してくるお前と一緒にしないでくれ」
 「ふふっ……」

 先日に食堂で会った時もそうだったが、メタナイトとジェクラはつくづく仲が良い。普段は模範的な騎士として振る舞っているメタナイトも、彼の前では素の顔を曝け出しているように感じる。
 ナギが思わず笑みを零すと、二人は揃ってナギを見た。

 「良かった、緊張がほぐれたみたいだな」

 ジェクラが安心したように笑うので、ナギは目を瞬かせた。

 (心配してくれていたの、私を)

 上司であるメタナイトになら、心配されるのはよくわかる。だが、別に上司でもない、階級で言えば同僚とも呼べるジェクラに気を遣われるのは不思議だった。
 そんなナギの顔を見て、もう一度ジェクラが笑った。

 「なーに変な顔してんだ。仲間だろ、俺達」
 「仲間……」

 ナギはその言葉を口の中で転がした。

 ナギが育ったシスイの村は強固な上下関係に支配されており、横の繋がりと呼ぶべきものは希薄だった。銀河戦士団に入ってからも、上司であるメタナイトとの関係は良好だったが、先輩なのに自分より階級が低い団員との距離感はいまいち掴めないままだった。
 だが、ジェクラの言った仲間という言葉は、ナギの心にすとんと落ちた。
 仲間。もっと言えば、打倒ナイトメアを誓う同志。
 種族も性格も全く異なる銀河戦士団の団員を繋ぐのは、その悲痛なまでの決意なのだ。それを、ナギはようやく理解した。

 「……ありがとうございます、ジェクラさん」
 「おうよ。頼んだぜ、ナギ」

 ナギとジェクラが微笑みを交わす。メタナイトが軽い咳払いをした。

 「そろそろ出航だ。第3デッキへ向かおう」
 「はい」

 出航時間を知らせるアナウンスが鳴り響く中、三人は小会議室を後にした。

 久々に訪れた母星は、心なしかナギが去った時よりも荒廃している気がした。
 水上神殿に近い湿地に基地を置いたメタナイト・ジェクラ連合隊は、二度目の作戦会議を経た後、各小隊に分かれて神殿内を探索していた。
 神殿の床には薄く水が張っていて、歩くと水溜りを踏んだような音が鳴る。それ以外は吸い込まれるように静かで、今のところ、ナギたち銀河戦士団以外にこの神殿への訪問者はいないようだった。

 「もうここのワープスターはナイトメアの手に渡ってしまったのでしょうか」

 フルフェイスの鎧から赤毛を覗かせた隊員の一人が、不安そうに言った。ナギは首を横に振った。

 「いえ……少し荒らされた形跡はありますが、本当にワープスターが盗られたとなれば神殿は原型を留めない程度に崩壊しているはずです。昔から、ここには宝物を守る“主”がいると言い伝えられていますから」

 それは、シスイの村に古くから伝わっている口伝だった。伝承というあやふやなものを持ち出されたせいか、メタナイトを除く他の隊員も怪訝そうな顔をした。

 「主?」
 「はい。ファッティホエール……村一つ潰せるほど巨大なクジラです。それが、ここの最深部で宝物を守っているそうです。会ったことはありませんが」
 「会ったことがないのにどうしてわかるんだ」

 赤毛の隊員がナギに食ってかかるのを、メタナイトが片手をひらひらと振って制した。

 「水掛け論はよそう。主のいるいないはともかく、神殿を荒らさずワープスターだけを取って帰るような真似が魔獣にできるとは思わない。それに、ワープスターには何らかの防衛機構が施されていることが多かっただろう、モーリス」
 「あぁ、確かにそうですね! フロリアのワープスターを回収する時も苦労しましたからね」

 モーリスと呼ばれた隊員は、メタナイトの説明を受けて心から納得したような表情を浮かべた。それを見て、ナギの心に影が差す。

 メタナイトの統率力はすごい。隊員同士で言い合いになったとしても、彼の一声があればすぐに収まってしまう。ナギはそんなメタナイトのリーダーシップに感心すると同時に、自分の人望の無さを感じ、新米であるから当たり前のことではあったとしてもやはり落ち込んだ。
 しかも、大体の口争は自分が中心になって起こっているのだ。先日の宴の件といい、自分がいることで団の結束が乱れているのではと心配にもなった。せっかくジェクラが自分を仲間だと言ってくれたのに、その仲間の結束をぶち壊すような真似はしたくない。

 「……」

 ふとメタナイトの視線がこちらに向けられたが、特に何も言われなかった。
 しばらく歩いていると、神殿の最奥部、おそらくワープスターが安置されている祭壇の部屋の前まで来て、ジェクラが率いる別隊と合流した。

 「そちらはなにかあったか」
 「いいや、鼠っこ一匹いねぇ。特に魔獣が侵入したような形跡もなかった。そっちはどうだ」
 「同じだ。それと、ナギによれば、ここのワープスターを守っているのは巨大なクジラらしい。戦闘になる可能性も十分ある」
 「そうか……ナギ、そいつの情報をもう少し詳しく教えてくれないか」

 両隊の視線が一斉に向けられ、ナギは少し怯んだ。
 また「言い伝えなど不確かなものを」と糾弾されるのではないかとも思ったからだ。だが、それを理由に黙っていられるような場面でもなかった。

 「はい。ここの主、ファッティホエールはとても大きなクジラで、その巨躯は一つの村さえ潰し、その潮は大波のごとく侵入者を押し流すそうです。……もっとも、私の村に伝わる伝承ですから真偽のほどはわかりませんが」
 「なるほど。伝承ってのもなかなか馬鹿にならないからな、警戒するに越したことはないだろう。皆、戦闘準備はいいか」

 はっ、という短い一言が全員の口から漏れた。その短い返事からは、彼らがナギの言葉をどう受け取ったかを読み取ることはできない。
 ナギは意を決し、一歩前に踏み出た。

 「私が先導します。シスイの村民とわかれば、ファッティホエールの警戒も解けるかもしれません」
 「そうだな。それでいいか? メタナイト」

 メタナイトはただじっとナギを見つめた後、「ああ」と一言だけ頷いた。
 心配されているのか、試されているのか。
 緊張するナギの背中に、ジェクラが声をかけた。

 「ワープスターの無事と、その主の実在がわかれば、無理にワープスターを取ってくる必要はない。なるべく穏便に進めよう」
 「はい」

 ナギは短く頷くと、祭壇に続く重装な扉を開けた。
 
 
 最奥の部屋は神殿の中で一番広く、暗かった。どうやら海に続く洞窟と続いているらしく、祭壇の奥は海水に満ちた鍾乳洞のような構造になっている。ほとんど光の差し込まない部屋の中で、水の青だけが仄かに光っているように見えた。
 広大な闇と静けさに飲まれそうになりながらも、ナギは口を開いた。

 「ファッティホエール……そこにいるのですか。私はシスイの村のナギ。貴方の守るワープスターの無事を確かめに来ました」

 声を張り上げたつもりだったが、まるで空気に吸い込まれるように一瞬で聞こえなくなってしまった。ごくり、と唾を飲み込む音だけがやたら耳につく。
 ナギは一歩踏み出した。

 「ファッティホエール……いないのですか?」

 シスイの村に伝わっている伝説は、それこそおとぎ話に過ぎなかったのだろうか。無益な侵入をやめさせるために作られた空想なのだろうか。
 
 振り返ると、ジェクラとメタナイトが小さく頷いた。ナギは部屋内に敵がいないことを確認すると、祭壇へまっすぐ向かっていった。そして、胃が縮み上がった。
 ワープスターがない。
 だが、祭壇ではない別の場所に置かれている可能性もまだある。ナギは小さな階段を登り、祭壇の石碑に刻まれた文字を読んだ。
 
 「流線の星を駆る者、数多の困難を打ち砕かん……」

 何かの暗号だろうか。
 背後でメタナイトが階段を登ってくる音がした。
 
 「何か見つかったか?」
 「あ、メタナイト様、これを……」

 ナギが振り返った、その時だった。
 全身を尋常でない悪寒が包んだ。

 ——なにか、来る。

 咄嗟に武器に手をかけたが、それは戦うためではなく、何でもいいから何かに捕まっているためだった。他の多くの隊員も同じだった。メタナイトとジェクラだけがその身に警戒心と闘気を宿らせていた。
 ずぅん、という地の底から何かが這い出てくるような音とともに、部屋の奥を満たしていた海水が真っ二つに割れた。そしてその中から、上半分は群青色、下半分は白色をした、巨大な塊がせり上がってきた。
 あまりの大きさに、ナギは戦艦が出てきたのかと思った。だが、それは違った。家一つ飲み込めるほどの大きな口に、あらゆる光を吸い込むような黒々とした瞳。それは、紛れもなくクジラそのものだった。
 
 
 「ファッティホエール……」
 
  
 誰かが呆然として呟いた。その声に希望の色はなかった。