いつかは言うと思った

 「レオくん、私やってみたいことがあるの」

 ココアの入ったマグカップを手に、スヤリス姫ことオーロラ・栖夜・リース・カイミーンはそう言って、ソファに座ったまま足を伸ばした。お揃いのカップを持ったレオナールが隣に腰掛け、「なにかな」と柔らかな声で訪ねる。想いを確認しあった者どうしが寝る前のささやかな時間を共有する、幸福であり穏やかな時間が流れていた。
 しかし、続く姫の発言はその和やかな空気をぶち壊した。

 「あのね、レオくんと寝たいの」
 「…………なんて?」
 「だから、レオくんと寝たいの」

 己の聞き間違いではないことを確認し、レオナールは姫の方を見た姿勢のまま硬直していた。
 寝る? 私と? 姫が?
 そこまで考えて、レオナールの口元にふっと微笑が浮かんだ。

 (あ〜〜〜、あれね!? いつものね!?)

 脳裏に思い浮かんだのは、姫がかつて引き起こした大惨事(と書いて誤解と読む)の数々である。寝室で私の体を触ってほしいだの、二人でおやすみに行こうだの、朝から晩まで一緒にいて欲しいだの、もう姫の問題発言には慣れている。姫に好きと言われた時でさえ、レオナールは姫が東洋の農耕具の一つである鋤のことを言っているのだと信じて疑わなかったくらいだった。
 だからレオナールはまだ涼しい顔を浮かべていることができた。

 「うん、そっか。じゃあ今日は一緒に寝ようね」

 今日は、というか彼が気づいていないだけで二人はいつも一緒に寝ているのだが、レオナールは姫の言う「寝たい」を文字通り解釈することにした。いわゆる添い寝というやつだ。隣に人の体温があるだけでもよく眠れるというし、姫はそれをお望みなのだろう。
 だが、姫はぬぅ、と口を尖らせた。

 「そっちじゃない。その……いちゃいちゃしたりする方」
 「………………は」

 (はぁああああああ〜〜〜〜〜っ!?!?)

 レオナールはすんでのところで石化しそうだったのを、気力と精神力だけでなんとか持ちこたえた。
 今、姫なんて言った? いちゃいちゃ? 誰と?
 姫の口から「いちゃいちゃ」などという言葉が出てくるとは夢にも思わず、レオナールは驚きを通り越して感動した。しかも顔を赤らめてごにょごにょと呟く姫が何よりも可愛いのである。今まで見た姫の表情ランキングベスト3入りは堅い。理性さえなければ、レオナールは今すぐにでも姫を襲って一口くらいは物理的に齧っていた。
 しかしこの男には鉄より強固な理性があった。

 (だめだめだめだめ!! こんな幼くて純粋無垢な姫を汚すなんて重罪に決まってる、っていうか姫は一応姫なわけだし!? こんな汚れたヤギがぺろっと食べちゃって良いわけないから!!)
 「…………じゃ、じゃあ頭を撫でてあげるから」
 「それだけ……?」

 カップを置いた姫が、両手の指先でちょんとレオナールの袖を摘み、寂しそうな瞳で見上げてきた。それだけでレオナールの理性は死んだ。

 (あぁああああああ〜〜〜〜〜〜!!!! 無理無理無理無理こんな顔されて断るとかそっちの方が無理!!!)

 レオナールは今すぐにでも床を存分に転げ回った後、荒ぶる本能のままに姫をどうにかしてしまいたい気分だった。しかし何百年も生きた悪魔の理性もそう儚いものではない。レオナールは口から魂のような何かを吐き出しながら、いつもより更に据わった目で姫の肩を掴んだ。彼の心中ではアンデッドのように復活した理性が本能を必死で抑え込んでいる。

 「じゃあ今日だけ特別にハグしてあげる」
 「……レオくん……」

 それで姫が満足してくれるとはレオナールも思っていなかったが、やはり彼女は納得していない顔をした。さらに言えば、姫は困ったような焦ったような表情を浮かべていた。

 「レオくん……ちゃんと言わないと伝わらない? あのね……」
 「いや全然伝わってるから大丈夫お願いだから最後まで言わないで」

 レオナールは早口で姫の言葉を遮った。姫のうるツヤとした唇からそんな言葉が出てきたらレオナールはいよいよ死んでしまう。だいたい淑女にここまで言わせてる時点で相当罪深いのだ。一国の姫(しかも人質)に最後まで言わせるなどレオナールのプライドが許さない。
 しかしこんな薄汚れた自分が、姫が想定している以上にあらぬ思いを抱いている自分が姫を汚すなど、そんなことはもっと許せない。
 レオナールが何を言うべきか考え込んで黙っていると、姫がレオナールの手をきゅっと握った。

 「レオくん……私のこと嫌い??」
 「……!!!!」

 レオナールは先ほどまで考えていた言葉も忘れ、ぶんぶんと音が鳴るほど首を横に振った。私が姫を嫌いになることなどあるわけがない。何をされても好きでい続ける自信があるし、嫌いになれたらここまで困っていない。
 しかし、そんな言葉にならない想いを喉でつかえさせているレオナールとは裏腹に、姫の瞳はどんどん潤んでいった。

 「レオくん、私のこと好きでしょ? 私もレオくんのこと好き。どうしてダメなの」
 「ゔっ……」

 どうしてダメなの、と聞かれると返答に窮する。確かに姫が言う通り、彼女がしたいと望んでいる行為とは、愛し合っている者同士が心も体も繋がることでよりその愛を深め合う一種の儀式である。王族がどうとか歳の差がどうとか余計なことを考えなければ、互いに愛し合っているレオナールと姫がその行為をしてはいけない理由などない。姫たっての望みとあらば尚更である。むしろ断る方が失礼とも言える。
 ——あれ、なんでダメなんだっけ?
 だんだんと思考がぐらつき始めたレオナールに、姫はなおも続けた。

 「それにね……」

 気のせいか声が浮ついている気がする。不思議に思ってレオナールが顔を上げると、姫の口角がでれっと緩んでいた。やや頰が赤らんでいること以外は、とても、とても見覚えのある顔である。

 「その……した後の睡眠ってすっごく深いんだって」
 「ぶっっっっ」

 レオナールは口に含みかけたココアを吹き出した。
 確かにそうである。達した後はホルモンとやらの関係で幸福感や安堵感に包まれるし、運動もするわけだから、とても眠くなるのである。どこでそんな下世話な知識を手に入れたのかは知らないが、睡眠中毒の姫ならば知っていてもおかしくない。というより、今の今まで言い出さなかったことが奇跡だ。

 「ねぇ、だから……しよ」

 姫の瞳の輝きを見て、レオナールは悟った。
 ——結局それが目的か、と。
 最初にしおらしくレオナールを誘ってきた時とは顔色がまるで違う。爛々と輝く目からも、期待に緩む唇からも、待ち受ける極上の睡眠への興奮がまるで隠せていない。やはり姫の行動原理は大抵が睡眠のためだ。
 やっぱりな、と思う以上に、レオナールはどんどん自分の混乱が加速していくのがわかった。
 姫の頼みを断る理由がわからなくなってくるのだ。
 
 「睡眠の、ため……」
 「そう」
 「姫により良い睡眠を提供するため……」
 「そう」

 レオナールが行為を頑なに拒んでいたのは、姫を傷つけたくないから、という一点に尽きる。しかしこれからすることは、姫に極上の睡眠を届けるための前準備のようなもので、それはつまり姫を癒すことに繋がるわけだ。しかも姫たっての望みとあらば、叶えない理由を見つける方が難しい。

 「姫のため」
 「そう!」

 これからすることは全て姫のためである。
 そんなわけで、レオナールの理性は本能にゴーサインを出すと、あっけなく沈黙した。

 「じゃあ早速……」
 「ソファじゃなくてベッドでして!!」

 そのまま姫を押し倒したレオナールの顔面に、鉄拳制裁が飛んできた。
 
 
 
 
 
 白銀の髪がシーツの海に散っている。下着姿の姫がわずかに肌を赤らめて寝台の上に横たわっている姿は実に扇情的だった。
 いざ事に及ぶとなると緊張しているのか、姫は少しだけ居心地悪そうに内股をすり合わせた。今更そんなことをされても、レオナールの死んだ理性に追い討ちをかけるだけである。

 「姫」

 そう呼ぶと、横を向いていた姫と視線がかち合う。その顎をくいと捕まえて、レオナールは口付けた。

 (柔らかい……)

 姫とキスをするのは初めてではない。にも関わらず、唇を重ねるたびに、そのあまりに優しい感触に感動する。
 熱くて、ふにふにと柔らかく、しっとり潤っているその唇を、レオナールは夢中で食んだ。先ほどまで飲んでいたココアの味が、微かに鼻腔から抜けていく。それは何度も角度を変えて口付けるたびに薄れて消えていって、代わりに甘くてまろやかな姫の肌の匂いで満たされていく。レオナールの余裕を奪っていく匂いだ。
 確かめるように何度も唇を重ねて、レオナールはその熱い唇の合間に舌を差し込んだ。

 「ふっ……!」

 驚いた姫が身を強張らせる。その頭を撫でながら、レオナールはさらに姫の口内を懐柔していった。
 つるつると丸い犬歯をなぞる。他者を害するのには微塵も向いていないそれは、姫が本当に守られるべき存在であるのだということを示しているようだ。そして、そんな無垢な存在を汚しているという事実に余計興奮が煽られる。本能のままに暴走しそうになるのを、レオナールはただ「姫を傷つけてはならない」という一心で堪えていた。
 コンプレックスだという舌を執拗に絡め合わせると、姫の手がレオナールの胸を押した。薄目を開くと、姫はぎゅっと目を瞑ったまま眉間に皺を寄せ、顔を真っ赤にして抵抗の意を示していた。しかし力が入っていないせいで全然抵抗になっていないし、指先だけが微かに丸まってむしろ誘っているかのようだ。そのまま口蓋をつぅと舌で撫でると、姫の背中が弓反りになって浮いた。

 「ん、ぅぅう」
 「はぁ……」

 ちゅうと音を立てて唾液を吸って、唇を離す。薄紫色の瞳をすっかり蕩けさせた姫と目が合って、レオナールの腹がぞくりと沸いた。

 (姫は本当に可愛い)

 そんなことを思いながら、再び軽く口付ける。唇から首に、首から鎖骨に、リップ音を立てながら白い肌に赤い華を散らす。その度に姫の体がぴくぴくと震えるのが愛おしい。
 繊細な装飾が施された真っ白なブラを外し、いよいよ胸に手を伸ばそうとしたその時、レオナールは自分の手を見つめて動きを止めた。

 (爪……!)

 そう、自分の指先にはいかにも悪魔的な黒く鋭い爪が尖っているのだ。こうなるとわかっていれば深爪するくらいまで爪を切り揃えていただろうが、こういうチャンスは得てして突然やってくるものなのである。
 このままでは姫を傷つけてしまう。が、かといって今更行為をやめるのは両者ともに不完全燃焼感がすごいし、爪を切るために一時中断というのも雰囲気に水を差すようだ。
 となれば、手をなるべく使わないでなんとかするしかない。
 そう考えたレオナールは、姫のブラジャーを上にずらすと、つんと尖った乳首を口に含んだ。

 「んっ……!」

 頭上で姫の押し殺したような悲鳴が上がった。沈み込むように柔らかい乳房に唇を這わせたレオナールは、しかし姫の声とはまた別のことに意識を取られていた。

 (いい匂いする……)

 姫の胸から漂う甘い香りに、レオナールはすん、と鼻を鳴らす。髪の匂いとも肌の匂いとも違うそれは、優しい匂いのはずなのに、レオナールの情欲をひどく掻きたてた。姫を気持ちよくさせてあげたい、もっと言えばぐちゃぐちゃに溶かして喘がせたい。もはやレオナールの頭にはそのことしかなかった。
 桃色の先端に何度も口を付け、唇で挟み込むようにして軽く吸い上げる。最初は柔らかかったそこは、刺激を受けるたびに充血して赤くなっていった。

 「あっ、んん……」

 硬く持ち上がってきた先端を、飴を舐めるように舌で転がす。姫が切ない声をあげ、シーツをぎゅうと握りしめた。

 「あう、レオくん……胸ばっかりは、だめ……」
 「ふぅん……? 姫は下も弄ってほしいんだ」
 「あっ!」

 下着の上から割れ目をなぞると、姫がぞくぞくと震えて腰を浮かせた。絹でできた肌触りの良い下着にはべったりと愛液の染みがついている。濡れた中心部を爪の先で上から下まで往復すると、布地の奥から微かな水音が聞こえた。

 「やっ、ん……!」
 「ふふっ、姫は可愛いね」

 そう言って、水気を吸って重くなった下着をするりと脚の間から抜き去る。その脚を持ち上げた体勢のまま、レオナールは姫の秘所に顔を近づけた。姫が小さく「えっ」と戸惑う声が聞こえるが、それに気を配ってやる余裕はない。
 ひくつく花弁に舌を這わせると、姫の全身ががくがくと震えた。

 「っ〜〜〜〜〜!!」

 頭上から、声にならない悲鳴が上がる。反射的に閉じられかけた姫の脚を手で開き、さらに深く口付けると、奥からごぽりと愛液が吹き出した。膣口に浅く入れただけの舌が、奥へと引き込まれそうになる。
 
 「レオくんっ、なにしてるのっ」

 珍しく焦りを浮かべた表情で、姫がレオナールを見下ろす。秘所から顔を上げたレオナールは、「何って」と言って唇に付いた愛液を舐めた。

 「慣らしてるんだよ」

 爪の長い指で姫を傷つけるわけにはいかないので、舌だけでどうにか解さなければならないのである。そうレオナールは伝えたかったつもりなのだが、如何せん彼も余裕がないので言葉数が少ない。
 レオナールの言う“慣らす”の意味を知ってか知らずか、姫は「それでも」と真っ赤な顔をして続けた。

 「そんなところ舐めちゃだめ!」
 「どうして?」
 「汚いでしょ!」
 「汚い?」

 姫の言う意味がわからず、レオナールは首を傾げた。そして、ふっと笑う。
 姫に汚い所などあるわけないじゃないか、と。
 そう答える間も惜しくて、レオナールは再び姫の股に顔を近づけた。ひっ、と姫が息を飲む音が聞こえる。割れ目の上にある肉の芽をぱく、と口内に含むと、姫の全身が震えた。

 「にゃあああっ……!」

 猫のような悲鳴をあげた彼女に、そういえば姫が猫になってしまった事件もあったな、などとふと思い出す。
 快楽を得るためだけに残されたというその器官は、愛撫すればするほどゆるゆると勃ち上がっていった。愛液の混じった唾液を絡ませ、両の唇で挟んで優しく扱くと、姫がレオナールの髪をきゅっと掴んだ。

 「レオくん、そこだめっ……きたないからぁ……」

 制止のつもりなのだろうが、全く手に力が篭っていないせいでむしろ催促しているようにしか見えない。唇を離す際にそこを強めに吸ってやると、姫の内股がびくびくと震えた。
 ひたすらそこばかりを責めた時の姫の反応も見てみたかったが、そろそろ中も解さなければならない。レオナールは愛液で溺れそうになっている花弁の奥へ、舌をつぷりと差し込んだ。

 「んんんんっ……!!」

 髪を掴んでいる姫の手がぷるぷると震えた。
 存分に濡れていて滑りが良いこともあって、姫のそこは難なく舌の侵入を許した。膣の上部にある少しざらついた箇所を舐めると、中が不規則に収縮する。奥の方を解すのは流石に困難だったので、浅い箇所を広げることに集中した。レオナールが舌を動かすたびに、姫の腰がびくびくと跳ねる。

 「ひっ、あ……レオくん、も、いい、もういいから……」

 息も絶え絶えになった姫がそう言って、レオナールは口を離した。寝台の上に転がっている姫は、先ほどよりずっと赤い顔をして、力も入らなくなった四肢を投げ出していた。

 「……姫、大丈夫?」
 「ん……」

 レオナールの声に正気を取り戻した姫が、こくり、と一つだけ頷いて目を合わせる。その目は、いいから早く続きを、と物語っていた。
 催促されたレオナールは、残っていた自分の服を脱ぎ捨てると、姫の上に馬乗りになった。一瞬、本当にこの先に進んでいいのか、と息を吹き返した理性が訴えかけてくるが、それは姫がレオナールの頰に手を伸ばしたことで瞬時に霧散した。

 「レオくん……」

 ああ、どうしてこんなに姫は私のことを煽ってくるんだろう。
 期待に満ちた声で名前を呼ばれる。ただそれだけで余計な思考が全てかき消されたレオナールは、黙って姫の膝裏に手をかけ、脚を持ち上げた。ぐずぐずに蕩けた姫のそこに先端が当たって、つぷ、と軽く飲み込まれる。
 背筋を突き刺されるような快感が走った。

 「っ、姫……」

 息を詰め、思わず姫を呼んでしまう。すると、少し不満そうな顔をした姫が、レオナールの頰をむに、と掴んできた。

 「姫じゃなくて栖夜って呼んで」

 まさか名を呼ぶことを許してもらえるとは思わず、レオナールは目を瞬かせたが、やがてふっと表情を崩した。

 「栖夜がそう望むなら」
 「んっ、ああっ……!」

 そう言って腰を奥に進めると、姫は苦悶とも歓喜ともつかない声で喘いだ。遣る瀬無くシーツを掴んだその細い手に、自分の指を絡める。姫の指がしがみついてきた。それが健気で、愛おしくて、溢れ出しそうな感情を抑えるように姫の髪に顔を埋める。

 「栖夜」
 「うん」
 「好き」
 「うん……」

 知ってる、と言わんばかりに姫が頷き、赤らんだ顔を背けた。そんな何気ない姫の一挙手一投足にさえ心が乱される。ぎゅうと細い体を抱きしめて、その胎内をゆっくりゆっくりこじ開けていくと、やがて最奥に当たる感触がした。
 全部入ったのか。
 自身を包む生温かい肉襞の感触とその不規則な収縮に、思わずレオナールは息を詰めた。気を抜くとすぐに精を吐き出してしまいそうだ。自分の腕の中では姫が小刻みに震えながら、は、は、と浅い息を繰り返して俯いていた。やはり痛むのだろうか。心配になったレオナールは姫の顔を見下ろした。

 「痛い?」
 「ち、が……わ、わたし、おかしいの」

 そう言って顔を上げた姫と視線がかち合って、レオナールは息を飲んだ。
 その目は快楽に酷く溶けきっていた。

 「はじめてなのに……なんで、こんな、きもちいいの……あ、あぁっ!!」
 
 そんなことを言われて、男が我慢できるわけがない。レオナールの頭の中で何かが切れる音がした。

 「っ、栖夜……!」

 まるで本能がそう示しているかのように、レオナールは何も考えず腰を引き、再びその最奥へと打ち付けていた。肌と肌がぶつかる軽い音の合間に、ぬちゅっ、ぬちゅっと淫らな水音が寝室に響く。互いの性器が絡み合うその音に、姫もレオナールも思考が溶けていく。
 
 「あっ、あ、レオく、レオくんっ!」
 「は……栖夜、可愛い……」

 何度も名前を呼びながら、姫がレオナールの肩にしがみつく。彼女が快感に悶え、今にも泣き出しそうな顔をしているのを見ると、腹の奥底からぞくぞくと射精感が込み上げてくる。

 「っ、う……栖夜、外に出すよ……」
 「…………」

 限界を感じたレオナールが姫の中から出ようとした、その時だった。
 ——姫の脚が腰に絡みついていた。

 「……姫、足、足離して」

 このままでは中に出してしまう。
 思わず正気に戻ったレオナールは姫の太腿をぺちぺちと軽く叩いてそう呼びかけたが、姫は快楽に蕩け切った表情の中に微かな不満の色を浮かべ、更に拘束を強めるだけだった。絶対に離すまいとするその脚力に、レオナールは驚くと同時にさらに焦りが強まっていくのを感じた。今も姫の中はきゅうきゅうとレオナールを優しく包み込み、確実に彼を絶頂へと追いやっている。

 「姫っ、足……!」
 「姫じゃないもん」
 「栖夜!」
 「やだ」
 「本当にだめ! 中に出しちゃうから!」

 レオナールが姫の肩を掴むと、彼女はぞっとするほど妖しい笑みを浮かべ、その真っ赤な舌をちらりと覗かせた。

 「うん、中に出して?」

 「————っ、は……!!」

 その一言で、本能が弾けた。
 理性の制御を超えた腰ががくがくと揺れる。抜かなければ、と、頭ではそう思っているのに体が言うことを聞かない。それは姫によって物理的に固定されているせいもあるのだが、それ以上に、姫の中で果てたいというレオナールの本能に依る方が大きかった。
 感覚的には数分ほど続いたような気がする射精もやがて最後の一滴を吐き出すに至り、未だかつて経験したことがないほどの疲労感に見舞われたレオナールは姫の上で崩れ落ちた。脚による拘束が緩み、ずるりと愚息が抜け出る。
 だんだんと明瞭になっていく思考の中で、とんでもないことをしてしまったという焦りが怒濤のように押し寄せてきた。

 (やってしまった……流石に中はまずい……!)

 性交したこと自体を後悔しているのではない。まあ罪悪感が湧かないといえば嘘になるが、これだけ幸せそうな姫の顔を見ていれば男としても冥利につきるというものだ。
 問題は中に出してしまったことの方である。
 異種族間で交配をする場合、その受精率は同種族間のそれと比べるとはるかに低い。が、決して受胎しないわけではないのだ。もし姫が妊娠してしまったら? 一国の姫が拐われた先で悪魔の子を孕んだなど大問題である。それに、何よりも順番が違う。レオナールは姫と真っ当な手続きを踏んで結婚し、しばらく二人だけの甘い新婚生活を営んでから子を儲けたいのだ。
 それにしても、姫との間にできた子供など可愛いが過ぎるに違いない。きっと姫に似て白くもちもちとした肌をしているのだろう。お互い目はぱっちりしている方ではないから、二人によく似た目の子供が生まれるはずだ。髪色はどうなるんだろう。悪魔の形質は発現してしまうだろうか。できればとことんまで姫に似た子が生まれてほしい……

 (って現実逃避してる場合じゃない!! 早くなんとかしないと!)

 空想から現実に帰ってきたレオナールは、ベッドの上で大の字に転がる姫を見やった。そして、動きを止めた。
 しどけなく横たわる姫。白い肌に点々と咲く赤い華。そして、股からシーツに流れ落ちる血液混じりの白濁……

 (ウワァアアアアアア!!!)

 レオナールの顔から血の気が引いた。
 もう彼女を守るためにはこれしかない。
 思い詰めたレオナールは姫の幸せそうな寝顔に手を伸ばし、早口で呪文を唱えた。

 「……!」

 ぱちん、と微かな音がして、姫の体を白い魔力が包み込む。回復魔法をかけたのだ。
 回復魔法は種類にもよるが、傷を負った部位を魔力で回復させ、中に“異物”があればそれを取り除く作用も持っている。一瞬のうちに姫の体は全快し、姫の中に吐き出されたレオナールの精液も浄化されていった。
 目を開いた姫は、不思議そうに瞬きを繰り返した。

 「眠くない」
 「うん、もう大丈夫だよ。魔法をかけたから……」

 そこまで言って、レオナールは口を噤んだ。
 姫ががばっと上体を起こし、鬼のような形相でこちらを見ていたからである。一体何が不満なのか、と一瞬考えたレオナールは、すぐにその答えを理解した。
 眠くないから怒っているのだ。

 「ご、ごめん姫、でも……」
 「ぬ゛ーーーー!!!」
 「わかった、本当にごめん、だから……」
 「もう一回する!!」
 「え? ちょっ、ま…………ア゛ーーーッ!!」

 回復魔法のせいで眠気も吹き飛んでしまった姫をもう一度満足させる頃には、レオナールの腰は使い物にならなくなっていた。
 翌朝、やけにすっきりした表情の姫とは対照的に、あくましゅうどうしは部屋から一度も出てこなかったと言う。