最近クラスメイトがやかましい。他人の心の声が常時聞こえている以上私の頭の中は常に誰かの声でいっぱいなのだが、私が悩んでいるのは単純にうるさいという理由ではない。そう……
「ねぇ知ってる? すぐそこにできた占いの館!」
「あー、知ってる! 超当たるんだって?」
「行ってみたーい!」
「占いの館っていうのが最近出来たんだって!」
「お前まさか美奈子のこと占ってもらったんじゃねーの?」
「ばっ、ちげーよ!」
「はぁ、私も占ってもらおうかな〜!」
「えーじゃあ放課後行こうよ!」
(占いの館すげー!)(また占いの館行っちゃおうかな?)(占いの館行ったら〇〇くんと両想いかどうか分かっちゃうかなぁ?)(占いの館行ってみたい!)
この通り、クラスメイトの頭がとある占い施設のことでいっぱいなのだ。占いの家だか洋館だか知らないが、全員が同じことを一斉に考えていると聞いているこちらもノイローゼ気味になってくる。みんなそこまで興味を持たないでほしい。
朝からげんなりしている私の元に、聞き馴染みのあるテレパシーが飛んできた。斉木くんの声だ。今日は朝からかなり機嫌が良く、その訳を聞いてみると、朝早起きして貰い物の高級コーヒーゼリーを食べたかららしい。彼の嬉しそうな感情が伝わり、こちらまで嬉しくなってくる。
斉木くんに『よかったね』と心の中で返事をしていると、隣の席の海藤くんが話しかけてきた。
「佐取は占いとか興味ないのか」
「うーん、あんまりないかな」
「クックック、やはり俺が認めた“友”だけある。占いなんてモノは預言者気取りの集まりが創り上げたただの“幻想”……所詮、俺達は運命という神の創ったレールを走らされているに過ぎないのさ」
今日も朝から海藤くんの中二節が炸裂している。大層なことを言っている割には、『本当に当たるのかな? 僕も相談してみようかな……』という心の声も同時に聞こえてくるのであまり説得力がない。
「運命ね……」
今度は斉木くんに話しかけに行った海藤くんから視線をそらし、私は窓の外をぼんやりと見つめた。
占いが当たるか当たらないかは別として、私は今まで本当に未来が見えている占い師を見たことがない。中には自分の占いの腕を完全に信じ込んでいる占い師もいるが、大抵は客の話を聞き、人生相談をして、占いの結果はおまけ程度に考えている人ばかりだ。そして客側もそれを望んでいる。客は何も一から百まで当ててほしいわけではない、要は自分の話を聞いて助言してくれる相手がほしいだけだ。
クラスの人間がこうも占いの館に熱狂しているところを見ると、その占い師は相当聞き上手なのだろう。占いに傾倒するのはいいが、せめて時期をずらしてもらいたい。じゃないと頭が否応なしに『占いの館』という単語でいっぱいになってしまう。
流れる雲を何も考えず眺めていると、ふと川のせせらぎの音が聞こえてきた。燃堂くんが登校してきたようだ。
「おっ、相棒! 聞いたかよ、すぐそこの占いの店……の横の本屋! ジャンプが木曜に買えるらしいぜ」
こんな時でも燃堂くんは平常運転だ。いつも通りの有難さを噛み締めつつ、私は一限の授業の準備を始めた。
* * * * * *
その日の帰り道だった。
気分を変えようと遠回りして帰ることにした私は、細い路地裏でひっそりと椅子に座っているお婆さんを目にした。真っ白い布がかかった机の上に、『占い』とだけ書かれた立て札が立っている。今日はどこに行っても占いだらけだ。
それにしても、こんな所に路上占いをしているお婆さんがいたなんて知らなかった。物珍しさにその立て札を見ながら目の前を通り過ぎようとすると、「もし」と声をかけられる。芯の通った声だったので、それがお婆さんから発せられた言葉だと理解するのにしばし時間がかかった。
「そこのお嬢さん、占いやっていかんかね。特別にタダで見てあげよう」
どう考えても怪しい話なのだが、お婆さんがやましいことを考えているような心の声は特に聞こえてこなかった。悪徳商売の類ではないらしい。
お婆さんもこんな人目につかないところで商売していては、客が来なくて寂しいだろう。そう思った私は、占いに興味はなかったものの、彼女の向かいの席に座ることにした。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ほほほ……」
お婆さんは穏やかに微笑むと、布の下からタロットカードを取り出した。意外だ、もっと生年月日や名前から推測するような、古風な占いをやると思っていたのに。
そんな私の考えを見透かしたのか、お婆さんはまたも「ほほほ」と笑った。
「最近は個人情報を気にするお客さんが多くてねえ。こっちの方がみんなやってくれるのさ」
「はぁ……」
「お嬢ちゃんは何か知りたいことはあるかい」
そう言われ、私は顎に手を当てて考えた。なんとなく座ってみたものの、特に知りたいことも思いつかない。
悩んだ末、自分の現状について大まかに占ってもらうことにすると、お婆さんは一つ頷き、慣れた手つきでタロットカードをかき混ぜ始めた。皺くちゃの手がカードをまとめ、机の上に7枚のカードが配られる。
静かだ、とふと思った。よほど集中しているのか、お婆さんの心の声も聞こえてこない。中々訪れることのない静寂を楽しんでいると、お婆さんが机の上のタロットカードを順にめくっていった。仰々しい絵柄の下に英単語と数字が書かれたカードが机の上に揃う。
(……全然わからん)
これは私の心の声だ。
アニメや漫画などでタロットカードがモチーフになっているものもあるが、私にとってタロットはなんとなくかっこいいものという認識で、その意味や解釈は何も知らなかった。それどころか全部で何枚あるのかさえ知らないのだ。
しかしお婆さんはこうして占いをやっているだけあって、特に悩むこともなく口を開いた。
「あんた、前に死にかけるような目にあってるね。そのせいで生き方を変えなきゃいけなくなった。最近転校とかしたんじゃないかい?」
心臓が弾み、うっ、といううめき声をあげそうになるのを堪える。お婆さんの言う内容がドンピシャだったからだ。
——まさか……“預言者”か!?
動揺した私は思わず脳内で海藤くんの真似をしてしまう。いや、決めつけるのはまだ早い。たまたま当たっただけかも知れない。動揺を悟られるまいと黙り込んだ私に、お婆さんは淡々と続けた。
「でも今は自分を理解してくれる人に出会えて、新しい生き方の中にも希望が見えている。あんたが昔失ったものと同じかそれ以上のものを、今のお嬢ちゃんは手に入れつつあるみたいだね」
すごい、このお婆さんはエスパーか何かか。私の過去と現状を言い当てているところもすごいが、何よりこのカードを無心で読んでいるところが脱帽ものだ。私の体を興奮が駆け巡るのを感じた。
「お嬢ちゃんは優しい子なんだろうねぇ。自分に自信はないけど、誰かの役に立ちたいと思ってる。あんたは何かの“力”を手に入れて、その力を誰かのために使いたいと思っている。でも今までに何度か失敗しているんじゃないかい」
(えっ……!)
まさか私の超能力のことまで言い当てるとは、感動を通り越して恐ろしくなってきた。このお婆さんの評判が広まったら、当たりすぎる占い師としてどこかの機関に狙われたりしないだろうか。それこそダークリユニオンとか。
背中を冷や汗が伝う。しかしお婆さんは私の動揺も全く意に介さず、鑑定を続けた。
「さてと、ここから先は未来の話だね……うん、良いカードが出てるよ。今お嬢ちゃんが悩んでることは、綺麗さっぱり解決とまではいかないけど、これで良かったんだと納得できる時がきっと来る。それもあんたの友達のおかげでね。だから友達は大事にしなさいよ、今いる友達も、これからできる友達も。仲違いしても必ず和解するんだよ」
「は……はい!」
当初の警戒はどこへやら、すっかりお婆さんの占いを信じきった私はこくこくと頷いた。
確かに前の学校では嫌な目にあった私だけど、PK学園に転校してきてからはたくさんの友達ができた。超能力という秘密を共有する斉木くんや鳥束くんを始め、知予ちゃんや海藤くんに燃堂くんなど、この学校には優しい人がいっぱいいる。それこそ、お婆さんに言われずとも大切にしたいと心の底から思えるような友達が。
占いが終わり、お婆さんに感銘を受けた私はお金を払おうとしたが、「そのお金はもっと有意義なことに使いなさい」と止められてしまった。本当にどこまでもいい人だ。明日になったらぜひ斉木くんに教えてあげようと、私は弾む足取りで家に帰った。
* * * * * *
そんなわけで次の日、私は「本物の占い師がいたんだよ!」と斉木くんを誘って昨日のお婆さんの元に行くことにした。行く途中でたまたま鳥束くんに会い、「おっ、斉木さんに佐取さん、デートっすか? 僕も連れて行ってくださいよ」とのことで彼も付いてきている。これはデートではないし、仮にデートだとしたら付いて行っちゃダメだろとの斉木くんのツッコミは華麗に受け流された。
昨日帰った道を辿り細い路地裏に足を踏み入れた私は、妙な違和感にふと動きを止めた。
「あれ? 道間違えたかな」
いや、そんなはずはない。この道自体は何度も通ったことがあるし、目の前には昨日とほぼ同じ光景が広がっている。なのに私は違和感を覚えて仕方なかった。
その違和感の正体はすぐに明らかになった。
「えっ、なんで……?」
昨日私とお婆さんが腰かけていた椅子と机が、一夜にしてボロボロになっていたのだ。木製の椅子は朽ち果てているし、机にかかっていた白布はほつれて黄ばんでいる。こんなの一晩で起きるような劣化じゃない。
何が起きたのかを確かめるべく、斉木くんが透明手袋を外してサイコメトリーをしようとする。その時、鳥束くんが「あっ!」と嬉しそうな声をあげた。
「結希呼婆さんじゃないっすか! 久しぶりっすねー」
そう言うと、鳥束くんは虚空に向かってにこやかに笑いながら椅子に腰掛けた。突然のことでついていけない私と斉木くんに、鳥束くんは振り返って説明する。
「斉木さん、佐取さん、紹介するっす。この人クレヤボヤンス☆結希呼って言って、30年ぐらい前には超有名な占い師だったらしいんすよ。と言っても本人に記憶はないので、ただ占いやってるだけなんすけどね」
クレヤボヤンスってすごく似た名前の占い師を最近頻繁に耳にしてるんだが、いやそんなことはどうでもいい。さっきから鳥束くんの言っていることが全然理解できないのだが、それは私と斉木くんにその結希呼さんの姿が見えていないから、つまり鳥束くんが喋っているのが幽霊だからだろう。話に聞いていても、彼が本当に幽霊と喋っているところを見るとどうしても驚いてしまう。
凍りついている私に、鳥束くんは「へぇ」と目を丸くして振り返った。
「佐取さん、結希呼婆さんに占ってもらったなんて光栄っすね〜!」
(……え?)
私は思わず顔が引きつるのを感じた。
私が結希呼さんに占ってもらった、ってことは私が昨日占ってもらったのも結希呼さんってことになるわけで、結希呼さんは幽霊なわけだから、つまり…………
(……見えちゃったんだな)
……
…………
………………
「ぎぇええええええ!!!!」
静かな路地裏に、私の間抜けな叫び声が響き渡った。