忘れてはいない

 「コトブキムラに忘れ物をした?」

 ショウが聞き返すと、ウォロはこくりと頷いた。エイパム山の方から内海に向かって吹く風が、二人の髪を優しく靡かせていた。
 
 
 シンオウ神殿で二人が対決したあの日から、もう二年近くが経とうとしていた。それはつまり、ウォロとショウが再会し、ポケモン勝負をするようになってから、半年近くが経過していることをも意味していた。

 和解のきっかけは、特に何もなかった。いや、そもそも和解していない、と言ったほうが正しいのかもしれない。
 半年前、純白の凍土を探索している時に、ショウは偶然ウォロを見つけた。エイチ湖のすぐ側だ。一年半にもわたって誰にも見つからなかった男の割には、あっさりとした登場の仕方だった。
 ウォロと視線が合い、ショウは何も言わないままポケモンボールを手に取った。そして、ウォロもボールを出した。
 それだけだ。
 勝負は言葉よりも雄弁だった。
 ショウがウォロに勝ち、二人は握手を交わした。まるでポケモンバトルの頂点を賭けた戦いの後のような、爽やかな一幕だった。
 それ以降、二人はたまに遭遇し、ポケモン勝負をするようになった。三回目の勝負の後、水平線に沈む夕陽を眺めている時に、ウォロは「コトブキムラに忘れ物をしたようなのです」と切り出したのだ。
 
 
 忘れ物かぁ。ショウはもう一度、口の中で繰り返す。
 なぜウォロがそんなことをショウに言ったかというと、彼はもうコトブキムラに入れないからだ。正式に村への立ち入りを禁じられたわけではないが、ウォロの所業はシマボシやデンボクらも知るところである。ウォロが何食わぬ顔をして村に入っていたら、彼らも流石に良い顔はしない、どころか、怒髪天を衝く勢いで追い出そうとするだろう。
 仕方ない。

 「探してきますよ」

 ショウがそう言うと、ウォロは商売用の笑顔を浮かべ、わざとらしいくらいに感激してみせた。

 「本当ですか! 助かります!」
 「……」

 どうせ「ショウさんならそう言うと思っていました」くらいにしか思っていないだろうに、なぜわざわざ余所行きの仮面をつけ直すのか。ショウは腹の奥がむず痒いような気分になる。

 「どれくらいの大きさですか」と尋ねると、ウォロは親指と人差指で、Cとも横向きのUともつかない形を作った。

 「これくらいの大きさの小物入れです。他にありそうな場所は探したので、後はコトブキムラしかないのですが」
 「わかりました。見てみます」
 「では、明日のこの時間にここで待っていますね」
 
 頷きを返し、ショウは砂浜ベースへの道を戻っていった。
 ウォロと明日の約束をできるようになるなんて、二年前の自分には予想もつかなかったことだ。そもそも、こうしてあの日の激闘など嘘のように平和な会話をしていること自体が、今でも信じられない話だった。
 
 
 翌日、ショウは浮かない顔で群青の海岸へ向かっていた。ウォロは昨日会った時と同じく、浜辺の岩にもたれかかるようにして立っていた。

 「どうでしたか?」
 「すみません、見つけられませんでした」

 ショウは頭を下げた。
 昨日、村に戻ってから隅々まで探したのだが、ウォロが言っていたような小箱は見つけられなかった。ショウが探していない場所があるのか、それとも、捨てられてしまったのか。
 頭を上げると、ウォロは割にさっぱりとした表情を浮かべていた。

 「そうですか……仕方ありませんね。二年も放置してしまいましたから」

 言葉と裏腹に、ウォロの笑顔はどこか無理をして作っているように見えた。彼のそんな顔は見たことがなかったので、ショウは少なからず動揺する。「探してくる」と言ってしまった手前、責任感のようなものも生じていた。

 「よければ、一緒に村を探してみますか。私もついていきますから」
 「えっ? ……ですが、ジブンは村には……」
 「夜中にこっそり探せばバレませんよ」

 特に悪いことをしようとしているわけではないのだから、これくらい許されるだろう。具体的に誰に許されるのかはよくわからないが。
 ショウの言葉に、ウォロはくすくすと忍び笑いを浮かべる。

 「英雄の言葉とは思えませんね。ですが、ショウさんがそう言うのであれば、ありがたくお邪魔することにしましょうか」

 二人は夜が深くなるのを待って、コトブキムラに忍び込むことにした。
 
 
 
 普段暮らしている村だというのに、人目を避けて侵入するとなるとここまで違って見えるものなのか、とショウは半ば感動した。あらゆる門戸から、自分達を捕まえようと何かが飛び出してくるような気がする。疑心暗鬼というやつだ。

 作戦は幼稚ながら完璧だった。ショウが門番の気を逸らしている間に、ウォロは誰にも気付かれずコトブキムラの門をくぐり、物陰に隠れるところまで成功した。どう考えても犯罪だが、それ以外に方法が思いつかなかったので仕方ない。ショウは門番に別れの挨拶をして、ウォロの隠れている写真屋の裏に合流した。

 「それで、心当たりはあるんですか」

 囁き声でショウが尋ねると、同じく囁き声が返ってきた。

 「そうですね、あるとすればおそらく……あちらの倉庫かなと」

 ウォロが指したのは、畑の近くにある農具置き場だった。ショウは思わず怪訝な顔をした。

 「なんでそんなところに」
 「最後に村に来た時、農作業を手伝わされたんですよ。収穫に人手が必要だとか言って」
 「あぁ……」

 農作業を手伝う時に荷物をそこで降ろしたのであれば、倉庫に忘れ物がある可能性は高い。ショウが一人で探した時は、流石にそこまでは考えつかなかった。
 幸い、真夜中の村はしんと寝静まっていた。二人は足音を立てないように細心の注意を払いながら、倉庫までたどり着いた。

 閂を外し、そっと引き戸を開ける。倉庫の中は農具だけでなく、祭りに使った太鼓や提灯なども入っていて、見るからに雑然としていた。奥の方には暗闇が広がるばかりで、何があるのかすらわからない。
 ショウは急に不安になってきた。

 本当にここにあるんだろうか。
 もし、私を騙すための嘘だったら……

 つい、そんなことを考えてしまう。
 今のウォロのことを積極的に疑っているわけではない。だが、かつてとても常人には思い付かないような悪行をやってのけたウォロを、もう一度愚直に信じよう、というのはなかなか難しい話だった。

 立ち止まってしまったショウの隣を通り過ぎ、ウォロは迷いのない足取りで倉庫の中へ入っていった。真ん中まで行ったところで、振り返る。

 「ショウさん、念の為扉を閉めていただけますか。見つかったら面倒ですから」
 「え、ああ……そうですね」

 気乗りしないショウの返事を、ウォロがどう思ったかは定かではない。だが結局、ショウは倉庫の中へ入り、扉を閉めた。

 天井付近には小さな窓が二つあり、そこから月の光がわずかながらに差し込んでいた。目が慣れてくると、捜し物をするのにも十分な明るさだった。
 入り口の周辺を見回す程度に探しているだけのショウとは違って、ウォロはどんどんと倉庫の奥まで進んでいく。物をどかしたり、床を這いつくばるのにも抵抗がない。
 しばらくして、ウォロが息を呑む気配がした。

 「あった」
 「本当ですか?」
 「その辺りに長い棒があったら取ってもらえませんか。奥の方にあって」

 確かに、長椅子が並べて保管されている奥に、ひっそりと忘れられるようにして小箱が落ちていた。近くにあった箒を渡すと、ウォロは掻き出すようにして小箱を取ってきた。表面の埃を払うと、無言で小箱の中身を確かめ、ほっと息を吐く。

 「良かった」

 ショウははっとした。
 小さく呟かれたその言葉は、紛れもなくウォロの本心だったからだ。
 きっと、大切なものだったのだろう。見つかって良かった、と思うのと同じくらいに、本当に忘れ物を探していた彼を疑ってしまったのが申し訳なくて、ショウは何も言えずに俯いていた。

 もしかしたら、彼は最早、ショウの知るウォロではないのかもしれない。二年もの歳月が経ったのだ。彼の中のショウへの憎しみは既に消化され、無かったことになっているのかもしれない。ショウが、ウォロのいない毎日を何事もなく過ごしているのと同じように。

 ウォロは物思いにふけるショウの様子には気付かないまま、小箱を鞄にしまい立ち上がった。

 「では、行きましょうか」
 「……そうですね」

 その時だった。
 扉の向こうから、微かに足音が聞こえてきた。だんだん近付いてくるのに気付き、ウォロもショウも、揃って身を固くする。隠れる場所はないかと視線を彷徨わせるが、動いて物音を立てる方が危ない。ショウもウォロも、近くの物陰にしゃがみこんだだけだった。
 足音は扉の前で止まった。息すら止めたショウの耳に、場違いなほどのんびりとした声が届いた。

 「あれ? 閉め忘れてるなぁ」
 
 まずい、と思ったときにはもう遅かった。ガコン、と無慈悲な音がして、閂が外側から閉められる。
 閉じ込められてしまった。

 「——!」

 ショウは咄嗟に立ち上がったが、この場にはウォロもいるのだ。助けを求めたところで、彼が見つかってしまうと思うと、何もできなかった。足音が遠ざかっていくのを、ただただ絶望的な気分で聞いている。
 完全に夜の静寂が戻ってきて、ショウは「はぁあ」と悲嘆の息を吐いた。対照的に、ウォロは何が楽しいのか、壁にもたれてくすくすと忍び笑いを浮かべている。

 「閉じ込められてしまいましたね」
 「笑ってる場合じゃないでしょう……!」

 事態は見かけより深刻だった。
 窓は手が届かないほどの高さにある上、格子が付けられていてとても人が通れるようなものではない。閂をぶち壊して脱出すれば、物音に気付いて必ず誰かがやってくるだろう。朝になれば扉は開くだろうが、そうなったらウォロを逃がすのがもっと難しくなってしまう。
 まさしく八方塞がりだった。

 「あー、どうしよう……」

 力無く床にしゃがみ込んだショウを、ウォロはやはり笑みを浮かべて見下ろしていた。にこにこ、と言うよりは、にやにや、と形容するのが相応しい顔だ。
 その顔を見て、思わずショウも腹が立った。

 「誰のせいでこうなってると思ってるんですか」

 語調が思ったより強くなったことに気付き、ショウは少し後悔する。
 だが、ウォロはその笑みをすっと消し去り、射抜くような瞳で言った。

 「アナタのせい」

 ショウは言葉を失った。

 そうだ。こうして倉庫に閉じ込められているのも、元はと言えば自分のせいなのだ。だって、ウォロが村へ入れなくなり、忘れ物一つ回収するだけでこんな不自由な目を強いられているのも、自分がシンオウ神殿で彼を打ち負かしてしまったからだ。全て全て私のせい。私が悪い。

 ——などと思うわけもなく。
 
 「はぁ……」

 ショウは大きな溜息で返事を返した。
 再開して普通に話すようになってから、たまにウォロはこうして真顔でショウを突き刺すようなことを言う。本気でそう思っているというよりは、ただショウをからかって憂さ晴らししたいだけのように思われるので、ショウは真に受けないようにしていた。
 
 何か脱出に役立ちそうなものはないだろうか。農具置き場だから、何も無いなんてことはないだろう。ウォロの忘れ物を探す時より遥かに真面目に動き回りながら、ショウは口を開いた。

 「ウォロさんも、少しは解決に動いてくださいよ。このまま私と閉じ込められるのは嫌でしょう?」

 言いながら振り返る。唇の端を上げたショウを、ウォロの仄暗い瞳が捉えた。

 「いいですよ」
 「は?」
 「アナタと二人きりでも」

 「ふざけてるのか」。口には出さなかったが、ショウは胸の中ではっきりとそう呟いた。まるでその呟きが聞こえたかのように、ウォロはふふっと溢れるような笑みを浮かべる。

 「ふざけていませんよ」

 ウォロはゆっくり歩を進め、ショウとの距離を詰めた。一歩詰められる度、ショウも反射的に距離を取る。背後の作業台に腰をぶつけ、足が止まったショウの顎を、ウォロが人差し指の先でくいと持ち上げた。

 こうしてまじまじと見つめると、憎たらしいほどに綺麗な顔をしていた。顔立ちが整っている分、見下されると得も言われぬ迫力がある。
 ショウは無意識のうちに拳を握りしめていた。
 
 「見つかったら、困るのはウォロさんの方でしょう」
 「そうでもないですよ。ワタクシにはもう、失うものはありませんから。ですが、アナタは違う」

 する、と布の解ける音がして、ショウの首を肌寒さが襲った。襟巻きを取られたらしい。
 顕になった首筋を、ウォロの指先が遊ぶようにくすぐる。ただ撫でられているだけなのに、なぜか腰から力が抜けそうになり、ショウは背後の作業台に手をついた。上体を仰け反らせた分、ウォロがさらに距離を詰めてくる。

 「英雄であるアナタが、罪人であるワタクシと二人きりでいるのを発見されたとしましょう。人々はワタクシ達が何をしていたと思うでしょうか?」
 「何って……普通に閉じ込められただけでしょう」
 「甘いなあ。こういうことですよ」

 足が地面を離れ、視界が急速に回転する。咄嗟に顎を引いたおかげで、後頭部をぶつけるのは回避した。
 何が起きたのだろう。
 瞬きを二回して、ショウは自分が作業台の上に押し倒されたのだと理解した。誰に? ウォロに、だ。そのウォロは今、爛々と光る眼差しでショウを見下ろしている。

 「ウォロさん……」

 二人分の体重がかかった作業台が軋んだ音を立てる。その音が外に聞こえはしないだろうかと、ショウは身を竦ませた。

 「……あまり大きな音を立てると、人が来てしまいますよ」
 「だから? 見せつけてあげればいいじゃないですか。私達そういう仲なんです、って」

 どういう仲だ。
 そう聞こうとした矢先、太腿をウォロの手が這う感触がして、ショウは喉まで出掛かった悲鳴を飲み込んだ。
 そういうことか。
 ようやく合点がいき、その途端、背筋を冷や汗が伝った。
 心臓の鼓動が速くなる。呼吸が浅くなる。
 見上げたウォロは、妖艶だが獰猛な、捕食者の笑みを浮かべていた。

 「あ、なたは……」

 ——いや、違う。
 これは、あの時と同じ笑みだ。あの時と同じ目の輝きだ。シンオウ神殿で対峙したあの時と、同じ。

 それに気付いたショウは、一度口を閉じて、質問を変えた。

 「……まだ、私を……恨んでいるんですか」

 その言葉は予測していなかったのか、ウォロは一瞬きょとんとした顔を浮かべた。やがて、じわじわと滲み出すような苦笑いを浮かべると、ショウの太腿に這わせていた手を離した。

 「違いますよ。恨んでいたら、もう一度アナタに会おうとは思わない」
 「じゃあ、どうして……」
 「そうですね……寂しかったから、とか」

 寂しい?
 あのウォロが?

 「寂しい」の辞書的意味を脳内で確認し始めたショウを他所に、ウォロはショウの右手を取った。そして、その手を半ば恍惚とした眼差しで見つめた。
 あまりに熱いその視線に、ショウの指がぴくりと動く。腕を引こうとしても、ウォロの大きな手が柔らかくショウを捕縛していた。

 「此処には、ワタクシの知らないアナタが多すぎる」

 瞼を伏せたウォロは、ショウの手をまるで壊れ物でも扱うかのようにしてそっと自身の頬に導いた。口調はこちらを咎めているようにも聞こえるのに、重なる手の握り方はあまりにも慈愛に満ちていて、ショウは困惑する。その手を振り払うには、もう敵意が足りなかった。

 「ワタクシ達は、神の名を知る者。ポケモンを戦わせる者。他人と血を異にする者。神に近付いた者。だのに何故、ワタクシとアナタではこうも違うのか、いや、違ってしまったのか」

 ウォロの長い指が、ショウの指間を縫うようにして絡みつく。まるで永遠の愛を誓う恋人同士のように、固く手を繋ぎ、そっと額同士を触れ合わせる。
 そこにはもう、狂気の影などどこにもなかった。

 「ワタクシ達は同じなのに……」

 吐息が混ざり合う。
 睫毛が重なるほど顔が近付いて初めて、ショウは唇だけで言った。

 「……同じだと言うのなら」

 ウォロがふと瞼を開け、顔を離そうとするのを、ショウはその胸ぐらを掴んで引き止めた。

 「なぜ私を裏切ったのです……!」
 
 
 ——あの日シンオウ神殿で起きたことを、ショウは一日だって忘れたことはなかった。
 この世界に来て初めてポケモンバトルをし、村を追放された時には古の隠れ里へ案内し、共に神話の謎を追い求めたウォロが神殿で牙を剥いたあの時の心の痛みを、ショウはいつだって忘れたことなどなかったのだ。

 たとえ元通りに話すようになったとしても、決してその傷は癒えることはない。
 むしろ、こうして敵対せずに済む関係になったからこそ、その傷は痛みを増していく。ああして互いを酷く傷つけ合わなければならなかった意味を、探し求めたくなる。
 ショウにとって、ウォロだけは自分を裏切ってはならない唯一の人物だったのだから。
 
 
 「……ふっ」

 ウォロが上体を屈め、低い声で体を震わせる。
 一見泣いているようにも見えるそれが、決して泣いてなどいないことをショウは知っていた。

 「……ははははは」

 顔をくしゃりと歪ませ、ウォロは息を潜めるようにして嗤った。胸ぐらを掴んでいるショウの手が緩む。
 その笑顔にこそ、彼のショウに対する癒えない感情が込められている気がした。

 「敵わないな、アナタには」

 ウォロは上体を起こし、ショウを解放した。ショウも体を起こし、作業台から降りる。濃密な接触を交わしたのにも関わらず、胸に残るのは苦い後味だけだった。
 
 なぜ裏切ったのか、それを聞いても答えは得られないだろう。当然だ。彼はショウを裏切ったなどとは思っていない。自分の目的を果たすための最短ルートを取っただけだ。それが結果的に、ショウを一番傷つける道だったというだけで。
 そうと分かっていても、存在しない答えを求めたくなる自分がいた。

 二人は和解などしていない。したくてもできない。
 あの時の胸を焦がし肌を焼くような心の痛みを、今でも忘れられていないからだ。

 
 ウォロは格子の填められた窓を品定めするように見つめ、それからポケモンの入ったボールを出した。格子の隙間から、ほとんど落とすようにしてボールを外に投げる。窓の外で、がう、という低い唸り声がした。
 
 「ルカリオ、扉を開けなさい」

 程なくして、閂の外される微かな音と共に扉が開けられ、外の涼しい風が吹き込んできた。
 まるで魔法のように簡単に開かれた扉を前に、ショウは呆気に取られていた。

 「そ……そんな方法があるなら、先に言ってくださいよ」
 「アナタが教えたんでしょうに」

 え、とウォロを見上げる。
 倉庫の外に出てショウを振り返った彼は、しれっとした顔で、しかしやや得意げに言った。
 
 
 「ワタクシは一人ではないのだと」
 
 
 その言葉を聞いた途端、ショウは胸が潰れそうなくらいに苦しくなった。訳もわからない涙が溢れて、止まらなくなる。
 喉に残った空気を絞り出すようにして言った。
 
 「なんですか、それ……」
 
 
 あの時、「ワタクシは結局一人だった」と寂しそうな顔をして語っていたくせに。
 てんかいのふえを手に入れた自分のことを、あれだけ憎らしげな顔で見つめていたくせに。
 「もう二度と会うことはない」なんて伝言を残して、忽然と姿を消してしまったくせに。
 ショウの心に消えない傷を残していったくせに。

 どうして勝手に先へ進もうとしているんだ。

 そんなの、ずるすぎるじゃないか。
 
 
 瞼を押さえたまま倉庫から出てこないショウに、ウォロが手を伸ばした。

 「行きましょう、ほら」

 月明かりに照らされたウォロの右手を、ショウは自分の右手で精一杯握った。
 二度目の握手だった。

2022年5月27日