二章 望郷

 スイレンの力を引き出すため、ナギはメタナイトに手合わせを挑んだが完敗してしまう。
 お腹を空かせたナギに、メタナイトは食堂を始めとする戦艦内部を案内する。
 
 
 
 
 食堂についたナギは、異郷の地に初めて降り立った観光客のように首を忙しなく動かしていた。
 
 「広いですね。それに、食事の種類も沢山……」
 「銀河戦士団には種族の異なる者も多く集まるからな。食事の好みも様々なんだ」
 「なるほど……」
 
 確かに、ナギが視線を落とすと、そこにはナギのように人の形をした者から鳥のような翼を持つ者まで、様々な種族の者たちがひしめき合っていた。それに応じて、食堂のメニューも美味しそうな肉料理から、ただの干し草としか思えないようなものまで多種多様である。
 
 「これほどの種族を一纏めにされているとは、オーサー卿はとても素晴らしい手腕の持ち主なのですね」
 「……ああ、そうだな」
 
 メタナイトは一瞬言葉に詰まったが、特に言葉に色を乗せず頷いた。ナギはそんなメタナイトの所作を気にすることもなく、どれにしようかとメニューに視線を泳がせている。
 しばらくしてナギは魚料理を頼んだ。
 
 「メタナイト様は召し上がらないのですか?」
 「ああ。基本的に、食事は自室で取ることにしている」
 
 銀河戦士団の中でも上層部に位置するメタナイトは、日頃あまり食堂を利用しないようにしていた。かつてのメタナイトがそうであったように、食事時くらいは上官の目を気にせず仲間達と談笑してほしい、という計らいからだ。他の上級兵士たちも、同じように自室で食事を取る者が多かった。
 それに、とメタナイトは続けた。
 
 「食堂にいると、うるさい輩にも絡まれるのでな」
 「え?」
 「おーい、メタナイト!」
 「はぁ……噂をすれば、か」
 
 遠くから自分を呼ぶ声に、メタナイトはため息と共に振り返った。食堂内の一角で男が手を振っている。メタナイトもナギも、男の座っている席まで歩いていった。
 
 「お前が食堂に来るなんて、珍しいな。新入りの案内か?」
 「そんなところだ。ナギ、紹介する。彼はジェクラ。中級兵士だが軍の中でも有数の腕の持ち主だ」
 
 ジェクラと呼ばれた男は体つきこそ逞しいものの、顔には優しい笑みを浮かべていた。さっぱりとしていて邪気の類を一切感じさせない好青年だ。ナギは促され、彼の向かいの席に腰掛けた。
 
 「初めまして、ジェクラさん。私はナギ。シスイの村の剣士です」
 「ほう、あの村の……。それは大変だったな。これからは、俺たちを家族だと思って頼りにしてくれよ」
 「ありがとうございます」
 
 ジェクラの言葉に、ナギは素直に嬉しくなった。挨拶を交わしただけでも、彼がきっと周りの兵士たちに慕われているのだろうということがわかる。
 メタナイトはナギの隣に腰掛けると、ジェクラと直近の戦況について語り始めた。フロリア戦線がどうの、ケビオス戦線がどうのと激しく議論を交わす様は、とてもナギには付いていけないものだったが、一つ理解できることがあった。
 憎まれ口を叩きながらも、メタナイトは相当ジェクラのことを信頼している、ということだ。
 いつか自分もそんな風に思ってもらえるだろうかとナギが料理を口に運んでいたその時、ナギ達の集団に加わる者があった。
 
 「ジェクラ! 隣失礼するわよ」
 
 紫の髪を持つ女性兵士が、ジェクラの隣に料理の乗ったトレイを置く。彼女は向かいにいるメタナイトに気付くと、物珍しそうにナギとメタナイトを交互に見た。
 
 「あら、メタナイト。とうとう恋人ができたの?」
 「あのな……彼女は私の部下だ」
 「うふふ、冗談よ。初めまして、新入りさん。私はガールード。同じ女性兵士同士、仲良くしましょう」
 
 ガールードは悪戯っぽい笑みを浮かべると、ナギに右手を差し出した。ナギも同じように右手を差し出す。
 
 「初めまして、私はナギと言います。不束者ですがよろしくお願いします」
 「まぁ、出来た子ね。メタナイトじゃなくて私の部下になってほしいくらい」
 「渡す気は無いぞ」
 
 メタナイトの言葉に、ナギはなぜか顔が赤くなるのを感じた。一連の流れを見ていたジェクラが何やら愉快そうな笑みを浮かべて二人を眺めていたが、ナギの困惑に気づいたのか、「そういえば」と話題を変えた。
 
 「ナギはあの名刀スイレンを扱えるって本当なのか?」
 
 そう言うと、ジェクラもガールードも揃ってナギの腰に刺さっている刀に視線を落とした。注目されていることと、スイレンの実力を引き出すにはまだ自分が未熟であることの両方に、ナギは顔を赤くした。
 
 「私など、スイレンの所有者と言っても名ばかりです。いつ刀に愛想を尽かされるか……」
 「そう自分を卑下するな」
 
 消え入りそうな声で呟いたナギにそう諭したのは、メタナイトだった。
 はっとナギが顔を上げると、メタナイトはどこか自慢げとも言える声音で、ジェクラとガールードに先日のシスイの村での出来事や、朝の鍛錬場での件とを説明し始めた。
 大型の魔獣を前に、たった一人でスイレンと共に勇敢に戦っていたこと。
 傷が癒えた次の朝にも関わらず、誰も近寄れないような集中力で瞑想していたこと。
 音速に迫るほどの剣技を見せ、何合に渡って打ち合っても息を切らしていなかったこと。
 あまりにメタナイトがナギのことを褒め続けるので、ナギは羞恥のあまりそこから消えてしまいたくなった。
 
 「あ、あの、メタナイト様、どうかもうおやめください」
 「なぜ?」
 「なぜって……」
 
 ナギが恥ずかしいというのもあるが、それ以上に、自分の部下がどれほど優秀かを聞かされ続けてはジェクラもガールードも堪ったものではないだろう。
 そう思いナギはおずおずと向かいの席の二人を見つめたが、彼らは達観とも呼ぶべきしみじみとした表情でメタナイトを見つめているだけだった。ジェクラがその表情のまま、ナギの方を見た。
 
 「ナギ、こう見えてメタナイトはずっと独身で、恋人の一人さえ作ったことがないんだ」
 「は、はあ」
 
 どうしてメタナイトの女性遍歴の話になるかわからず困惑しているナギに、ガールードが続けた。
 
 「色々大変だとは思うけど、どうか見捨てないでやってね」
 「そ、そんな、滅相もありません」
 「……貴様ら、一体何の話をしているんだ」
 
 メタナイトが怒りを滲ませてそう言うと、ジェクラもガールードも顔を見合わせて笑い、態とらしく「任務の準備がある」と言って席を立ってしまった。
 去り際、ガールードがナギにウインクを残した。
 
 「またね、ナギ。何かあったらいつでも頼ってちょうだい」
 「ありがとうございます」
 
 入隊したばかりの自分にもこんなに親切にしてくれるとは、なんて良い人達なのだろう。
 そう感激しているナギの隣で、メタナイトは深々と溜息をついていた。
 
 「……だから食堂は嫌なんだ……。さぁ、ナギ、もう食事は済んだだろう。戦艦を案内しよう」
 「あっ、はい!」
 
 ナギはトレイを持つと、メタナイトに続いて席を立った。
 
 
 
 戦艦の中を一通り案内したメタナイトは、最後にナギに割り当てられた自室へと足を進めていた。
 メタナイトの後ろをずっと付いているナギは、ひっきりなしに地図と目の前の景色とを交互に見比べ、難しい顔をしていた。
 
 「本当に広いですね……」
 「そうだな。兵士の居住スペースというだけでなく、様々な星間を飛行する宇宙船、そして対ナイトメア社の切り札となる戦艦でもあるんだ。全ての構造を知り尽くしている者はほとんどいない」
 「そうなんですか……」
 「基本的に艦内には案内表示があるから、それに従えば迷うことはないはずだ。任務中は私の側を離れることもそうないはずだから、心配はいらないだろう」
 
 メタナイトがそう言うと、ナギは安心したように息を吐いた。程なくしてナギの部屋の前に着くと、メタナイトはカードキーを彼女に渡した。
 
 「ここが其方の部屋だ。隣はガールードの部屋だから、何か困ったことがあれば彼女に聞くといい。私の部屋もほど近いが、なにかとそちらの方が便利だろう」
 「ありがとうございます。こんな私にすごく良くしてくださって……」
 「何を言っている。其方はスイレンを振るう者、我が軍には貴重な人材だ。それに……」
 
 言葉を続けようとして、メタナイトは動きを止めた。
 ——それに、なんだと言うのだろう。
 なにか私情の混じった世迷い言を口走ってしまいそうになって、メタナイトは首を傾げているナギの前で口を噤んだ。
 
 「……いや、なんでもない。其方のこれからの働きに期待している」
 
 メタナイトの言葉に、ナギは引き締まった表情で「はい」と短く返事をした。きっと彼女は自分の期待している以上の働きをするだろうという予感が、メタナイトにはあった。
 
 「私はこれから軍議に行ってくる。其方は部屋で休むといい。慣れぬ環境で疲れただろう」
 「ありがとうございます」
 
 一礼したナギが部屋に入っていくのを見届けてから、メタナイトも踵を返した。
 
 
 
 軍議を終えたメタナイトは、再びナギの自室に向かっていた。彼女の階級について伝え忘れていたのと、明朝から任務が入ったことを知らせるためだ。
 普通入団したばかりの新人兵士は下級兵士として階級を積み重ねていくことが多いが、ナギの場合は名刀スイレンの所有者であることや、オーサー卿もその実力を認めていることから、特例として中級兵士の座を与えることになっていた。慢性的な戦力不足に悩まされている銀河戦士団としては、その分彼女に一騎当千の働きをしてもらいたいのだろう。
 ナギの部屋の前に立ったメタナイトは、扉を数回軽く叩いた。
 
 「ナギ、いるか?」
 
 返事がない。
 聞こえなかったのだろうかともう一度扉を叩くが、結果は同じだった。
 ——もしかして、部屋の中で何かあったのだろうか。
 不安になったメタナイトは、懐からマスターキーを取り出した。女性の部屋に無断で入るなど騎士に相応しくない行いではあったが、彼女の身に何かが起きたことを考えるといてもたってもいられなかった。
 カシャン、と鍵の開く音がして、メタナイトは扉を開けた。
 
 「失礼する」
 
 部屋に一歩踏み入れたメタナイトが見たのは、窓の外を見つめるナギの後ろ姿だった。突然入ってきたメタナイトの気配にも気付かず、立ち竦むかのように窓の側から離れない。
 
 「ナギ?」
 
 メタナイトは控えめに声を掛けたが、それと同時に、彼女の肩が小刻みに震えていることに気が付いた。直後、ナギが小さく息を飲んで振り返った。
 
 「あっ、申し訳ありません! お呼びでしたのに気付けず……」
 
 彼女が頭を下げようとするのを、メタナイトは片手で制した。どちらかと言えば、非があるのは無断で部屋に入ったメタナイトの方だ。
 ナギの目尻に輝くものが浮かんでいるのを認め、メタナイトの胸に淡い苦さが広がった。
 
 「……泣いていたのか」
 
 ナギは何も言い返さず、俯いていた。
 窓の外に目をやると、果てしなく暗い宇宙が広がっていた。もう彼女が住んでいた水の星アクアリスはどこにも見えない。アクアリスが見えたとて、彼女の故郷であるシスイの村は滅んでしまったのだ。たった一人生き残って銀河戦士団に入隊し、明日をも知れぬ戦いに身を投じることになった彼女の悲哀は察するに余りある。
 そして、そんな彼女の悲しみを和らげてやることもできない自分の無力さが、メタナイトは情けなくて仕方なかった。
 
 「……ナギ」
 
 静かな部屋に、メタナイトの声が染み入るように響いた。
 
 「私の前では、涙を隠さなくていいんだ」
 
 メタナイトがそう言うと、ナギははっと顔を上げた。その瞳にみるみる涙の膜が張っていくのを見て、メタナイトはかえって安心を覚えた。
 涙を流すことができるうちは、まだ心は壊れていないのだ。
 
 「メタナイト様……」
 
 ナギの声が震える。溢れた涙を押し込めるように、彼女は両手を顔に当てて泣いた。まるで生き残ってしまったことを懺悔するかのような、弱々しい泣き方だった。そしてその泣き方は、メタナイトにも覚えがあった。
 メタナイトはか細いナギの体をそっと抱きしめた。
 
 「ナギ。あの時……生き残ってくれて、ありがとう」
 「……!」
 
 そう言うと、ナギがびくりと震えた。そして、その嗚咽をますます激しくさせた。
 メタナイトの腕の中で、気丈な女剣士は可憐な少女の顔を取り戻していった。
 
 
 
 しばらくして、ナギは濡れた目元に手巾を押し当てながら、寝台に腰掛けてすんすんと鼻を鳴らしていた。
 
 「落ち着いたか?」
 「はい……取り乱してしまって、すみません……」
 「気にするな。むしろあのまま気丈に振る舞われた方が、私としては心配だった」
 
 俯く彼女のつむじを見下ろしながら、メタナイトは優しい声色でそう言った。
 泣いて気分が晴れたのか、ナギは涙の中にどこかすっきりしたような表情を浮かべていた。もうこの場所で戦うしかないと割り切れたのだろう。その切り替えの早さ、精神の強さは、ここ銀河戦士団で生きていく上で必要不可欠なものだ。
 ナギは涙を拭うと立ち上がり、メタナイトに向き直った。
 
 「それで……私を訪ねてくださったということは、何かご用事でしょうか」
 「ああ。急ぎではないから後でも構わないのだが……」
 「いえ、私ならもう平気です」
 
 そう言う彼女の顔が本当に落ち着き払っていたので、メタナイトはナギに用件を話すことにした。
 
 「まずは其方の階級についてだが……実力を鑑みて、其方を中級兵士とすることに決まった。皆、其方に期待しているということだ」
 「ご期待に沿えるよう、頑張ります」
 
 ナギはあくまで真面目だが少し誇らしそうな顔を浮かべて頷いた。
 実はメタナイトはナギが期待に押し潰されてしまうのではないかと内心危惧していたのだが、彼女の様子を見る限り、その心配はなさそうだった。
 
 「それと、早速だが明日の朝から任務が入った。大空の星スカイハイに、ナイトメア社が魔獣を生産している工場の一つがあるらしい。それを潰しに行く」
 「……! 承知しました」
 
 魔獣。その言葉を聞いた途端、ナギの瞳に強い輝きが宿った。魔獣はナギの親族全員の仇である以上、気持ちが逸るのも当然のことである。気のせいか、机の上に置かれているスイレンも一瞬輝いたような気がした。
 
 「今日はゆっくり休んで、明日に備えてくれ。用件は以上だ」
 「はっ」
 
 ナギが軍隊式の短い返事を返す。メタナイトが踵を返した、その時だった。
 
 「……あの」
 
 軍人ではなく、うら若い少女の声がした。メタナイトははっとして振り返り、そして息を飲んだ。
 
 「ありがとうございます」
 
 ——ナギが、笑っていた。
 一切の曇りもないその笑顔は、月よりも清かな輝きを放っていた。寂しさや悲しさのない、初めて見るナギの純粋な微笑みに、メタナイトは体の中から今まで感じたことのないほどの力が湧き出てくるのを感じた。
 
 「……ああ」
 
 乾いた口が、掠れた声を発する。
 メタナイトはそのままマントを翻し、ナギの部屋を出た。そこで、呟いた。
 
 「其方は、必ず私が……」
 
 ——守る。守ってみせる、全てから。
 仮面の奥の瞳は煌々と燃えていた。誰ともすれ違わぬまま、メタナイトは戦艦の廊下を歩いていった。