時は宇宙暦1258年。
宇宙を支配するホーリーナイトメア社と、その支配から脱却せんとする銀河戦士団との間に勃発した戦争はいよいよ佳境を迎え、数多くの星がその戦場となっていた。
そんな中、銀河戦士団の一兵士であるメタナイトは、任務で水の星アクアリスにあるというシスイの村へ訪れていた。
「シスイの村を訪問……ですか」
銀河戦士団最大の拠点である戦艦トマホーク。その船長室で、メタナイトは銀河戦士団のリーダーであるオーサー卿と向かいあっていた。
「その通り。かの地に祀られている名刀スイレン、あれは敵の手に渡ると厄介だ」
「あの名刀スイレンを……。しかし、あの村の者は警戒心が強いと聞きます。ホーリーナイトメア社の敵対勢力というだけで、簡単に預けてもらえるでしょうか」
メタナイトがそう言うと、オーサー卿は懐から一通の封筒を取り出した。その封に目を留める。花と水をあしらったそれは、シスイの村の物であることを示していた。
「問題ない、村長には予め話をつけてある。この手紙を持っていけば、通してくれるはずだ」
「なるほど」
何気ないことのようにオーサー卿は言ったが、余所者嫌いで有名なシスイの村と手紙のやり取りをするのには途轍もない苦労があったはずだった。しかも、彼らが神の如く祀っている名刀スイレンを譲ってもらうよう交渉するとは、やはりオーサー卿の手腕が見事と言うより他はない。
貴重な封筒を、メタナイトは恭しく受け取った。
「それと、シスイの村の者は皆剣の腕に覚えがある者ばかりだという。手合わせでもしてきたらどうだ。ついでに、一人や二人銀河戦士団に引き入れてくれると助かるのだがな。はっはっは」
「……! ありがとうございます」
オーサー卿の目的はきっと後者なのだろうが、メタナイトは剣の手合わせとの言葉に胸が踊った。世界一強い剣士を目指すメタナイトにとって、異郷の者達との手合わせは何よりも刺激的だった。もしかするとオーサー卿も、そんなメタナイトの望みを見透かしてこの任務に就かせてくれたのかもしれない。
一小隊を配されたメタナイトは、その日のうちにシスイの村へ向かった。
銀河戦士団とホーリーナイトメア社との戦争は膠着状態に入っていた。その中で、この水の星アクアリスは魔獣の手が及んでいない数少ない星として知られていた。敵といえばその辺りの野生動物くらいのものである。
だからこそ、念の為向かわせた偵察兵の言葉に、メタナイトは自分の耳を疑った。
「報告! シスイの村に火の手が上がっています。敵襲の模様!」
「なに!? 魔獣か?」
「おそらくホーリーナイトメア社の勢力によるものかと。シスイの村人が応戦していますが、このままでは時間の問題です」
まさか、もうアクアリスまで奴らの手が伸びているとは——。
いくら剣士の集う村とはいえ、魔獣に襲撃されては被害は避けられないだろう。戦う力を持たない者達だっているのだ。メタナイトはぎりりと奥歯を噛み締めた。
「すぐに救援に向かうぞ!」
メタナイト小隊は全速力で村に向かった。
想像を超える村の惨状に、メタナイト達は言葉を失うしかなかった。
かつて人で賑わっていたであろう通りは血で真っ赤に染まり、大小様々な死体が道に転がっていた。舌舐めずりするように広がる火の手があちこちの道を阻み、タンパク質の焦げる嫌な匂いが鼻をついた。
数秒ほど呆然としていたメタナイトは、しかしはっと我に返った。
「急ぎ生存者を探せ! 魔獣は見つけ次第排除しろ! 私は奥に向かう!」
「はっ!」
あまりの戦禍に絶句していた部下達も、メタナイトの言葉に正気を取り戻したようだった。まだ燃えていない家屋へ足早に駆け込んで行く。
メタナイトも剣を取り、刀を祀る泉があるという村の奥へと向かった。
入り口ではほとんどの血が乾ききっていたが、奥へ行くにつれてまだ乾いていないものを見ることが多くなった。戦闘の跡がより激しく残り、死体の数が減っていった。弱い者達は村の入り口で魔獣の侵入と共に殺され、強い者達は泉を守るために村の奥で魔獣と戦い、力尽きていったのだろう。
入り口の方では部下と魔獣が交戦したと思われる金属音がし始めたが、泉へと続く奥の方はしんと静まっていた。
——全滅。
その二文字が頭をよぎった、その時だった。
「…………!」
風に乗って、かすかな声が届いた。それは間違いなく村の奥から吹いたものだった。
メタナイトははっと目を見開いた。
「誰か、誰かいるのか!?」
燃え上がる炎を掻い潜り、無我夢中で奥へと向かう。
道中で数体の魔獣を倒し、ようやく泉の元へ辿り着いたメタナイトは、そこで、目にした。
——踊る黒髪を。
「はぁあああッ!」
「グォオオオッ!」
大型の獣のような魔獣を相手に、小柄で線の細い少女が舞うような剣技を繰り広げていた。魔獣の体に、次々と刀傷が刻まれていく。翡翠に輝くその軌跡は、彼女が名刀スイレンを振るっていることの証拠に他ならなかった。
生存者だ。
メタナイトが密かに安堵した、その瞬間だった。
「っく、ぅ……!」
「危ない!」
よろけて膝をついた少女の元へ、血で赤く染まった魔獣の凶爪が襲いかかる。
メタナイトは高く跳躍すると、魔獣の背後から大きく剣を振りかぶった。
「でやぁあああっ!」
「グ、ギャァアアア!!」
背後に現れたメタナイトに気付かなかった魔獣は、そのまま背中に大きな一太刀を食らうと、地に体を伏して絶命した。魔獣が消えゆくのを確認し、メタナイトは剣を収めると、少女に向き直った。
「無事か?」
そして少女と目が合ったメタナイトは、思わず言葉を忘れた。
闘志に燃える瞳、血と泥がついた頰、煤を受けて顔に張り付いた髪。
ありふれた美しさとは程遠いはずのどれもが、しかしあまりに克明な可憐さを湛え、メタナイトの瞳に焼き付いた。
——この娘を守らねばならない、と。
そう本能が強く告げていた。
「其方、名は……」
そう言って、メタナイトが手を差し出した直後。
カタン、と、彼女が支えにしていた刀が倒れる音がした。
「……! しっかりしろ!」
重力に従い前へと倒れ込んだ少女の体を、メタナイトが抱きとめる。
その体は驚くほど細かった。
拠点に戻り、任務の報告を終えたメタナイトは、休む間も無く足早に医務室へと向かっていた。
少女の様子を確認するためだ。
医官にはただの疲労で命に別状はないと言われたものの、彼女のことが気になって仕方なかった。
「失礼する」
そう言って扉を開けると、医官の一人であるキュアンと目が合った。
メタナイトに会釈をした彼女は、カルテを手にゆっくりと歩み寄ってきた。
「メタナイト卿、あの子は目を覚ましたわよ。奥のベッドにいますわ」
「そうか。ありがとう」
「でも、とてもショックを受けているようなの。同じ戦士として、どうか慰めてあげてくれないかしら」
キュアンは悲しげに眉を顰めていた。
少女が落ち込むのも無理はない、住んでいた村が自分を残して全滅したのだ。その悲劇が、平和に過ごしていたはずの彼女をどれほど苦しめているのかは、察するに余りあるほどである。
なんと言おうか考えていたメタナイトは、意を決して一言声をかけると、ベッドのカーテンを開けた。
「目が覚めたようだな。体調は……」
メタナイトが言い終えるより先に、少女が掴みかかるような勢いで身を乗り出した。
「貴方は……! 村はどうなりましたか、刀は!?」
少女の縋るような声色に、メタナイトは仮面の奥の目を伏せた。
「…………すまない。村は隈無く探したが、其方の他に生存者はいなかった。ただ刀は……其方が振るっていた刀は、我々が持っている」
その言葉に、少女は悲しみと安堵がないまぜになったような顔をした。
「そうですか、刀は……スイレンだけは、無事だったのですね……」
項垂れた少女の頰を、一筋の涙が濡らした。それを見て、メタナイトは胸が詰まるのを感じた。
戦争で親や住処を失った子供など、これまで腐る程見てきた。それを見る度に一抹の同情心を抱くことはあったが、今ほど切迫した感情ではなかった。
今すぐにでも彼女の涙を拭ってやりたい衝動に駆られる。
メタナイトは少女の傍に跪き、視線を合わせた。
「私はメタナイト。其方、名を何という」
「……私は、ナギ……と言います」
「ナギ……」
その名を呼ぶと、胸が高鳴った。彼女の名前が、この世で最も美しい響きを持つ言葉のように感じられた。
何度も呼びたくなる衝動を堪え、そっと彼女の頰に手を伸ばしたその時、背後で医務室の扉が開く音がした。
「失礼するよ」
「オーサー卿!」
入ってきたのは、銀河戦士団のリーダーその人であるオーサー卿だった。その手には鞘に収められたスイレンが、質の良さそうな布に包められている。
オーサー卿はメタナイトとナギを交互に見ると何やら楽しそうに肩を震わせたが、すぐに真面目な面持ちでナギの傍に立った。
「君がシスイの村の生き残りだな」
「はい」
「折り入って頼みがある。この刀を、我々銀河戦士団のために振るってくれないか」
それを聞いて反応したのはメタナイトの方だった。
「そんな……オーサー卿! こんなに若い彼女を戦線に立たせるおつもりですか!」
「いえ、私……戦います。戦わせてください」
はっとしてナギを見ると、彼女は瞳に凛とした決意を宿していた。魔獣と戦っていた時と同じ、強い闘志を宿した瞳だ。
その視線はスイレンへとまっすぐ注がれていた。
「もうこんな悲しい思いをする人は、現れないでほしいから……」
「決まりだな。ではこれを君に返そう」
オーサー卿はスイレンをナギに手渡した。刀はナギの手の中で、「在るべき場所に戻った」とばかりに一瞬輝いたように見えた。
「私はオーサー。皆からはオーサー卿と呼ばれている。この銀河戦士団のリーダーだ」
「私はナギ。シスイの村の娘です。お世話になります」
「よろしく頼む。メタナイト、ナギに色々教えてやってくれ。頼んだぞ」
「あっ、オーサー卿!」
自己紹介をすませると、オーサー卿はメタナイトに何やら意味ありげな笑みを送ってそのまま医務室から出て行った。
メタナイトはしばし唖然として彼が去った方角を見つめていたが、やがてナギの方に向き直った。
ぎゅっと鞘を握りしめるその手は、戦士にしてはあまりに小さく、細かった。
「本当に良いのか? 其方はまだ若い……こんな血に塗れた戦場より、もっと清らかで美しい場所の方が似合うだろう」
「いえ、いいんです。他に帰る処もありませんし、それに……」
そう言うと、ナギは一旦言葉を切り、メタナイトを見つめた。
そして、その悲しげな表情を、少しだけ綻ばせた。
「私を助けてくださった、貴方の下で働きたいから……」
——その姿の、なんといじらしいことだろう。
寂しげな微笑みと、触れれば折れそうなほど儚いその姿に、メタナイトは言葉も忘れて立ち尽くしていた。ナギも、ごく僅かな微笑を浮かべたままじっと黙っていた。そうして見つめ合っていると、この世界には今、メタナイトとナギの二人しかいないのではないかという錯覚を覚えそうになる。
いつまでも続きそうな沈黙を破ったのは、カーテンが開かれる音だった。
「お取り込み中失礼します! そろそろガーゼを取り換える時間ですわ」
ガーゼを手にしたキュアンが、なんだか物言いたげにメタナイトを睨んでくる。その視線を受けて、メタナイトは急に頰が熱くなってくるのを感じた。
「すまない、話し込みすぎたようだ。ナギ、また明日来る」
「はい」
消毒の準備を始めたキュアンを尻目に、メタナイトは慌ただしく医務室を出て行った。
扉から彼の青いマントが消えていくのを見ながら、キュアンはしみじみと溜息をついた。
「どうして貴方みたいな若い子がねぇ……本当に戦争は酷いものですわ」
ベッドに座り消毒を受けるナギは、ただじっと耐えるように瞑目するだけだった。